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月例会の報告

2018年6月 9日 (土)

2018年5月 月例会・公開講演会の報告

111_2  2018年5月28日、くらし学際研究所は神戸市勤労会館で、公開講演会を開いた。演題は「明治150年と近代都市神戸―平和と持続可能な都市を―」。講師は、元神戸松蔭女子学院大学教授・現神戸YWCA会友 池田清さん。初めに当研究所代表世話人の西澤信善さんが池田清さんの経歴を紹介した。
 池田さんは現在、神戸市についての著作を準備中で、講演ではその概略を話された。

講演の詳細は、「20180528.docx」をダウンロードしてお読みください。

2018年4月 3日 (火)

2018年3月 月例会・公開講演会の報告

180324_2   2018年3月24日、くらし学際研究所は神戸市勤労会館で、公開講演会を開いた。演題は「カジノ戦争」。講師は、くらし学際研究所代表世話人の西澤信善さん(広島大学、神戸大学、近畿大学を経て現在、東亜大学特任教授)。司会は当研究所世話人の垂水英司さん。
西澤さんは、演題の「カジノ戦争」と同じ題名の本を来月出版予定であると話して、講演の骨子を次のように示した。
・カジノ反対の戦いをアヘン戦争に擬してカジノ戦争と呼んでいます。
・日本では賭博(ギャンブル)は刑法で禁じられていますが、2016年12月特別法で解禁されました。
・大阪は「統合型リゾート」が万博とセットになって進められており、カジノ第1号が大阪・夢洲にできる公算が大です。
・ギャンブルで地域振興を図ることは極めて危険です。
・カジノ戦争に勝利することは歴史的偉業と言えます。

講演要旨は、

「180324resume.docx」をダウンロード

してお読みください。

2018年2月 3日 (土)

2018年1月 月例会・公開講演会の報告

3
  2018年1月22日、くらし学際研究所は神戸市勤労会館で、公開講演会を開いた。演題は「衆院総選挙の結果と改憲阻止の展望」。講師は関西学院大学法学部教授の冨田宏治さん。司会は当研究所世話人の垂水英司さん。垂水さんは「2018年初の例会、非常に面白いテーマ」として開会を宣した。続いて、当研究所代表世話人の西澤信善さんが次のようにあいさつした。
大寒波の襲来で、不要不急の外出を控えるようにテレビでは言っていましたが、ご出席されたみなさん、有難うございます。昨年10月の総選挙を振り返ってみると、小池さんのブームが続くのか、しぼむのかと見ていたところ、明白な結果が出ました。「排除します」の発言でブームに水をかけてしまった。表現はともかく、明確にしたところは良かった。
前原さんが「名を捨てて実を取る」と言いましたが、政治家としてとんでもないことで、政策に殉じるべきです。このような敵失により自民党が勝利した。然しながら、「モリカケ」問題は解決してないから長引いています。複雑な総選挙について、講師の冨田先生にぜひ読み解いていただきたい。
つづいて、講師の冨田宏治さんは、専門は政治思想史、本日は客観的なデーターを使って、話をします。講義でパワーポイントを使うと文科省の覚えも目出度くなりますなどと出席者を笑わせながら演題に入って行った。講演内容の大要は以下のとおりである。

1.安倍政権の終わりの始まり
(1)ついに解散総選挙へと追い込まれた安倍政権
 森友問題、加計問題の噴出。稲田防衛相の失言。豊田議員など「魔の2回生」議員の不祥事続出、などで安倍首相への信頼感が劇的に揺らいだ。そのような時期、昨年7月2日に投開票された東京都議選は小池知事結成の都民ファーストの大躍進で、自民党は歴史的な惨敗。世論調査における内閣支持率は劇的に低下、安倍「一強」の崩壊かと報じられた。
 安倍内閣は昨年6月22日に、民進、共産、自由、社民の4野党が憲法53条に基づいて臨時国会の召集を要求したのにもかかわらず、国会での追及を逃れるために、開会を引き延ばしてきた。9月28日、「モリカケ」問題の追及から逃れるために、安倍首相は臨時国会冒頭で解散に打って出た。「僕難突破解散」とも揶揄され、「大義なき解散」「錯乱の冒頭解散」などと報道された。
(2)民進、共産、自由、社民の4野党は、次期総選挙での協力を合意していた
 「日経」2017年9月23日付によれば、安倍首相は今なら自公で40議席減の280議席確保が可能との調査結果を踏まえて賭けに出たという。しかし、その調査は、野党の選挙区における候補者一本化を全く想定しないものであった。民進、共産、自由、社民の4野党党首は6月8日に会談、安倍政権下での憲法9条改悪に反対し、次期総選挙で協力することに合意していた。4野党は更に市民連合とも総選挙へ共通政策を確認、協力を約束した。朝日、毎日、日経などの試算では、小選挙区59~61で与野党逆転、自民党は単独過半数割れへ、と予想。「本気の共闘」が実現すれば、逆転選挙区はそれどころではなくなる。自民党下村幹事長代理によれば、自民党は86選挙区で逆転、88逆転すれば、自公でも過半数割れとの推測を示していた。「僕難突破解散」は市民と野党の共闘にとって絶好のチャンスとなるはずであった。
(3)民進党の裏切りと小池「希望の党」の出現で混乱
 昨年9月1日、民進党代表に前原誠司氏が就任。都知事の小池百合子氏が「希望の党」を9月27日結党。民進党は前原氏の提案で同日、希望の党への合流を全員一致で決定。これは、4野党合意や市民連合との約束への裏切り行為である。
 ところが、希望の党代表の小池氏は「改憲」や「安保法制」を容認しないものは合流を認めないと、選別「廃徐」の姿勢を記者会見で示した。これで、民進党は大混乱に陥った。
 小池氏の「選別・排除」発言は、野党大結集、政権奪取をあおってきたメディアの風を止め、国民の期待も急速に離れることになった。
(4)国民の成長、反撃ののろしは上がった
 2年間に及ぶ市民と野党の共闘の努力は前原氏の裏切りで一瞬にして瓦解するのか、と危惧された。しかし、国民は成長していた。安倍や小池、松井(維新)などのポピュリストVSポピュリストの構図から自公希維VS市民と野党の共同の構図へ発展していたのである。
10月3日、民進党の枝野幸男代表代行は同党に離党届を提出、立憲民主党を立ち上げ、希望の党へは合流しない民進党議員らに参加を呼び掛けた。立憲民主党の結党を見て日本共産党は67選挙区で候補を取り下げ、249選挙区で立憲野党候補一本化が実現した。 総選挙は、まるでオセロゲームのように展開した。4野党と市民共闘により、全面を白が覆うかに見えた盤面が、前原の裏切りで、一瞬にして一面真っ黒に。しかし、「排除」の一言で、盤面に次々と白が復活した。それは、決して「あきらめない市民」と共産・社民が隅を死守していたからである。形勢逆転のキーワードは「排除」と「寛容」であった。

2.政治的激動の時代
(1)ポピュリストの跋扈
 世界的に、市場原理主義とグローバル化の行き着いた先は、貧困と格差の恐るべき拡大である。アメリカでは上位1%の資産が下位90%の資産を超え、日本でも上位40人の資産が下位50%の資産を超えている。下位30%は資産ゼロである。国際NGOオックスツァムの調べでは、世界で最も裕福な8人の資産は下位50%、36億7500万人の資産とほぼ同じという。中間層の没落と崩壊、不寛容とポピュリズムが広がっている。
 政治の社会では、トランプ米大統領、ル・ペン仏国民党党首、橋下徹元維新代表、安倍晋三首相ら、ポピュリストが国内外で跋扈している。移民、民族的マイノリテイ、宗教的少数者、性的マイノリテイ、障がい者など弱者に責任を転嫁。エリート、官僚、公務員、学者も標的にされている。叩けさえすれば、敵は誰でも良いのである。憎悪と排斥、ヘイトクライムが野放しになり、人権、「個人の尊厳」を建前として否定、本音で語るリーダー待望論である。
 例えば、維新公認で千葉1区から出馬、落選した(比例も落選)長谷川豊氏は、維新の本質を次のように自らのブログで曝け出して見せた。「自業自得の人工透析患者なんて、全員実費負担にさせよ!無理だと泣くならそのまま殺せ!今のシステムは日本を亡ぼすだけだ!」。弱者へのむき出しの憎悪をあおり、弱者を公務員が助けているとして公務員バッシングも行っているのである。
(2)北朝鮮・韓国・中国への敵愾心を煽る日本型ポピュリズム
 朝鮮戦争(1950~53)はいまだ休戦中である。平和条約は未締結である。北朝鮮のねらいは、米朝交渉によって平和条約締結、それによって体制保障を求める。対等な米朝交渉のためには軍事大国化が必要であり、核武装により、「大国クラブ」の一員入りを目指すというのが北朝鮮の作戦である。
 だから、北朝鮮による核ミサイル開発の目標は、アメリカ本土に直接到達する長距離ミサイル=ICBMに小型化した水素爆弾を搭載することである。アメリカ本土に核攻撃ができてこそ、核ミサイルは「核抑止力」として意味を持つ。核ミサイルの「使用の威嚇」によってこそアメリカは北朝鮮に手を出せなくなる。これによって米朝交渉を実現させ、体制を維持へと持って行く。というのが北朝鮮の狙いである。北朝鮮のミサイルはアメリカ本土が狙いである。
ちなみに、北朝鮮からアメリカ本土を狙ったミサイルは、まったく日本上空を飛ばない。ロシアのはるか上空=宇宙空間を飛んでアメリカ本土に到達する大陸間弾道ミサイル(ICBM)に、日本のミサイル防衛体制は全く無関係。全く意味をなさない。Jアラートは国民の危機感を煽るためだけの悪質なフェイクである。何故なら、「領空」は大気圏までであり、ミサイルの軌道は、国際宇宙ステーションの軌道よりもはるかに高い宇宙空間を飛び、太平洋上に落下しているからである。しかし、もし、アメリカが軍事行動を起こせば、北朝鮮が保有するノドンミサイル200発がアメリカの同盟国である日本の全土を射程内に入れていることから考えて、日本国内に甚大な被害が生じることは明らかである。だから、軍事行動ではなく「対話」しかないのである。
(3)「野党は共闘!」を迫る市民社会
 米国ではオキュパイ運動と大統領候補指名選挙での自称、民主的社会主義者サンダース候補の健闘があった。もし、サンダース氏が民主党の候補に指名され、トランプ氏とたたかったならサンダース氏が勝利していたとの予想もある。英国では、イギリス労働党コービン党首の再選と総選挙での接戦で、支持率が高まっている。スペイン・ポデモスなど新たな民主的政党の台頭がある。さらに、オーストリア大統領選での中道左派候補の勝利、等々、世界では「99%の側の反撃」と政治的激動が始まっている。キーワードは「寛容」である。この本質に触れたから、「不寛容」の小池氏は急速に風を失った。
 日本では、安倍暴走政権の「戦争する国づくり」に抗して、立憲主義・民主主義・平和主義・個人の尊厳を掲げる、SEALDs、ママの会など市民連合の声にこたえて「市民と野党の共闘」と野党統一候補が実現した。
 小泉純一郎氏、小沢一郎氏、橋下徹氏などが進めてきた「小泉構造改革」「政権交代」「ハシズム」をもたらしたポピュリズム的政治手法の限界が明らかになった。「風」に煽られ、「構造改革」や「政権交代」に期待を裏切られ、ハシズムにも愛想を尽かした1000~2000万の大量棄権層が登場した。わが国の政治戦においては、空中戦から組織戦・陣地戦へと移っている。今後の課題は、「風」に煽られず、行き場を失った大量棄権層(=政治に失望した人々)に、対面的な政治対話を通して強固な支持を広げる組織戦・陣地線の時代へはいったのである。

3.2005年衆院選から2016年参院選までの国政選挙の投票動向
(1)2000万の大量棄権層
 2016年参院選の投票率は54.70%(前回2013年は52.61%)。10代の増加分を除けば、前回参院選より380万票程の増に止まる。「風」は吹かず、止まったまま。2000万の大量棄権層の大半は、今回も棄権に回った。A
 自民の増加分は、旧「次世代の党」・旧「維新」からの出戻り分か。
 「風」だのみの「空中戦」から、地を這うような「組織戦」「陣地戦」への展開を大阪の投票動向で見ることができる。
 投票率・得票数(大阪市内)
  統一地方選 約50% 約100万票
  住民投票  約67% 約140万票
  W選挙 約50% 約100万票
 大量棄権層(全国で2000万)のうち40万が住民投票では投票所に出向いている。しかし、W選ではまた棄権に戻っている。自民にも、民主にも、維新にも愛想を尽かした大量棄権層の存在が明白である。かつては「風」に吹かれて、小泉構造改革を支持し、民主党の政権交代を支持し、橋下維新を支持したが、裏切られて棄権層となった。
(2)32の1人区すべてで野党統一候補
 2016年の参院選では、民進、共産、自由、社民の4野党が32の1人区すべてで候補者を統一した。内訳は、民進15、無所属16、共産1である。選挙結果は野党統一候補が11勝21敗である。野党統一候補の選挙区票は野党の比例票合計を1.7倍も上回っている所もあるなど、与党の比例票をも取り込んでいることがわかる。調査では公明党支持者の4割が野党統一候補に投票したとの選挙区もある。
安倍自公政権とメディアによる徹底した改憲隠しにも関わらず、改憲勢力は前回89から77へ12減。32の1人区における野党統一候補が11勝21敗と健闘した結果である(前回1人区で野党は2名のみの当選)。
B
 全体では、自公などの改憲勢力は改憲発議に必要な3分の2の162を超えることになったが、3年後の2019年参議院選挙で改憲勢力が引き続き3分の2を確保するのは至難の技(次回の改憲ラインは85)。改憲勢力は折角確保した参議院での3分の2だが、タイムリミットは3年間である。安倍首相はワンチャンスにかけることになる。
 参院選から3か月後に行われた新潟知事選では野党統一候補の米山隆一さんが圧勝した。
  米山隆一 528455 当選
  森 民夫 465044
   投票率 53.05%(前回43.95%) 前回比9.1%上昇
 共産、自由、社民推薦。民進は自主投票。森候補は、自民、公明推薦、連合支持。野党統一候補の威力を発揮した選挙結果である。なお、NHKの出口調査では、自民支持層の30%弱、公明支持層の約25%が米山氏に投票したという。

4.2017年解散総選挙の結果(2017年9月28日解散、10月10日公示、同月22日投開票)
(1)議席数で見てはダメ
 表の説明:解散後の議席数は定数10減。公示前勢力は解散後の党は異動を含む(欠員3、民進の不出馬7人は除く)。自民当選者には無所属から追加公認された3人を含む。
無所属は与党系、野党系その他に分類。総議席定数465、過半数233,3分の2は 310.
C
小選挙区制度の結果、獲得議席数では、与党が圧勝という形になっているが、衆院選の比例得票数で見れば下記の表の様に与党に勝つことができる。D
民進党が割れていなかったら希望+立民+共産=2516となり、これに社民の約100万を加えると2600万超となり、数字的にも自民、公明を上回り、大量棄権層の2000万をひきつけることができれば勝利することができる。
議席数だけで見ても、自民が294から284、公明が34から29、希望が57から50、維新が14から11、と合計25減に対して、立憲民主が15から55、社民が2から2、共産が21から12、と合計31増となり、立憲野党が31議席増との見方もあるがこれは気休めだ。
(2)野党候補が一本化していれば、63選挙区で逆転(自公:310→250)
 比例票について、立民の約1100万、希望の約970万はどこから来たのかを分析すると大体、次のようなことが推測できる(2014年→2017年)。
 18―19歳の選挙権付与により、投票率微増している。総投票数は5294万→5576万と280万増(棄権層)である。各党の得票数の減少は計700万。維新838万→339万と500万減。これは希望に行ったと考えられる。公明731万→698万と30万減。共産606万→440万と170万減。これは立民に行ったと考えられる。民主978万→立民+希望は2076万と1100万増。
 民主の票を立民と希望が分け合い、維新の500万は希望に、共産・公明・棄権層の500万は立民に行ったと考えられる。
 結果論ではあるが、前原前民進代表の裏切りがなく、立憲4野党の候補者一本化が実現しておれば、野党分裂型小選挙区226のうち与党の183勝は63選挙区で逆転し与党120勝、野党は43勝が106勝となり、与党の圧勝とはならない。勢力拮抗する。与野党一騎打ち型選挙区57でも与党39勝、野党18勝で、安倍自公は250議席で過半数は維持できたとしても、安倍退陣は避けられなかった。

5.世論は安倍続投を支持せず
(1)安倍首相の政策に不安54%
2017年10月22日投開票の総選挙結果では安倍政権与党である自公は3分の2超の議席を得ているが、世論は安倍続投を支持していない。
 総選挙直前の世論調査がある。
  毎日新聞10月16日付は
   「衆院選後、安倍首相が首相を続けることが良いか」という問いに対し、
     良いと思う 37% 良いとは思わない 47% 無回答 16%
  朝日新聞10月19日付は
   「安倍さんに今後も首相を続けてほしいと思うか」という問いに対し。
     続けてほしい 34% そうは思わない 51%
 と「毎日」「朝日」両紙ともで、続投の支持は少数派である。
 総選挙直後の10月23日、24日に朝日新聞が行った世論調査の結果がある。衆院選の結果を受けて、自民党と公明党合わせて定数の3分の2を超える議席を得たことについての調査(電話による)結果である。
   獲得議席数について
     多すぎる 51% ちょうど良い 32% 
   安倍首相が進める政策について
     期待 29% 不安 54%
 衆院選の前後を通じて、安倍首相に対する続投支持どころか、不安だというのが世論である。
(2)安倍政治との闘いの新たな段階
 ①安倍首相改憲の野望の決意表明
安倍首相は昨年10月22日の総選挙の開票結果を受けて、改憲について次のように述べている。「憲法改正は国民投票で決まるわけですから、国民の皆さまの理解が深まっていくことが大切。そのためにも憲法審査会に各党が案を持ち寄り、建設的な議論をしていくことが必要であると考えています。私たちの案を具体的に取りまとめ、できるだけ多くの方々に賛成していただくように汗を流していきたい」。
 そして、2018年年頭会見で安倍首相は、「改憲」の決意を次のように強調している。
「この国の形、理想の姿を示すものは憲法であります。戌年の今年こそ、新しい時代への希望を生み出すような憲法のあるべき姿を国民にしっかりと提示し、憲法改正に向けた国民的議論を一層深めていく。自由民主党総裁として、私はそのような1年にしたいと考えています。」「各党における、今後ですね、憲法審査会において活発な、建設的な議論が行われ、そして、具体的な案を持ち寄りながら議論が進んでいく。その中で国民的な理解も深まっていく。スケジュールありきではありません。与党、野党にかかわらず、広い合意が形作られることが期待されています。」
 ②タイムリミットは2年間
 2018年は安倍政治との改憲をめぐる全面的な対決が始まる年になる。タイムリミットは2年間である。安倍首相にとって、次回参院選での3分の2の議席確保は至難の技であるからである。安倍首相は、このワンチャンスを活かすために必死の覚悟で攻め込んでくる。立憲主義・民主主義・平和主義を守る闘いの正念場の2年間になる。
 そのような時期に昨年総選挙で、部分的であるが野党統一候補が実現し、野党第1党に立憲民主党がなったのは非常に重要な意義がある。国会運営上、野党第1党の役割は大きく重要であり、影響力も大きい。公明党は野党第1党の合意なしの改憲発議には明確に反対している。国会の慣例を踏みにじる乱暴な運営が続く場合、野党だけでなく国民世論から猛烈な批判を浴びることになる。たとえ、議会発議にこぎつけても国民投票で過半数の支持を得ることが困難となろう。
 ③改憲勢力も一枚岩ではない
 毎日新聞の昨年10月24日付に、当選議員アンケート結果を次のように報じている。
  改憲について 賛成82% 反対13% 無回答・その他 5%
  改憲には賛成だが 9条へ自衛隊明記 賛成 54% 国防軍 9% 反対 24% 
                    無回答・その他 13%
 などとなっており、3分の2の合意が得られるか保証はない。強行採決で発議しても国民投票が待っている。
 少し古いが、2015年11月、自民党結成60年に際しての朝日新聞の自民党員・党友対象の調査がある。それによれば、次のようになっている。
 憲法改正を早く実現した方が良い 34% 急ぐ必要はない 57%
 憲法9条を変える方が良い    37% 変えない方が良い 43%
憲法9条をメインに改憲に前のめりの安倍首相とは自民党員・党友の認識は異なる調査結果である。自民党議員、自民党員・党友を見ても一枚岩とは言えない状況がある。

6.新潟の様に闘えば「安倍改憲」を打ち破ることができる
(1)「いまの憲法を変える必要はない」は国民の多数派
 2017年12月、日本世論調査会が憲法に関する世論調査を行った。結果は下記の表のとおりである。
E
このような国民世論が形成されている中で、安倍首相が2019年7月の参議院選挙までに改憲発議を強行すれば、乱暴な強行採決による発議を受けての国民投票での決着となる。もし、そうなれば、大阪住民投票のように大量棄権層が動けば改憲案は否決となる。また、2019年7月の参議院選挙まで、安倍首相の改憲発議を阻止することができれば、市民と野党の共闘で統一候補を全国に擁立し参院選を闘うことができる。そして、参議院で改憲発議に必要な3分の2を割らせることができる。現に、昨年の衆院選において、新潟県内の6選挙区のうち5選挙区で、野党候補が一本化された。投票率は前回52.71%から10%も上昇し、62.56%となった。結果は、1区、2区、3区、4区で野党候補が当選。5区は前知事に10000票差、6区では落選はしたが、2000票差まで肉薄した。このような新潟の経験を全国に広げることができれば、安倍「改憲」阻止を展望することができる。
野党3党の比例票と候補者一本化された候補の小選挙区得票を比べると約2倍近い差のあるところもある。この様な共闘の成果と実態を見れば、安倍は怖くて国会発議ができなくなる。
(2)敷布団と掛布団
 政治学者で「市民連合」の中心メンバーである中野晃一さんは、SEALDs、ママの会、学者の会などの新しい市民の運動を「掛布団」に、従来の民主運動、平和運動、労働運動を「敷布団」に例え、次のように言っている。「敷布団」の上に掛かって初めて「掛布団」に意味がある。「掛布団」だけでは風邪をひく。「敷布団」だけでも風邪をひく。
 いわゆる地道に運動を続けてきた労働運動などと最近の若者たちの結合した運動の重要性とその役割を的確に指摘したものと言えよう。民主党による政権交代に失望が深い人々は簡単には動かないが、この2000万の大量棄権層をターゲットとした政治的対話による組織戦・陣地戦は、地味で、地道で、地を這うような「敷布団」の役割である。
 「安倍9条改憲NO!全国市民アクション」は、2018年5月に向けて、3000万署名を提唱し、取り組まれている。立憲野党は2500万得票の実績があり、ぜひとも成功させ、安倍改憲を断念に追い込まなければならない。

2017年12月 8日 (金)

2017年11月 月例会・公開講演会の報告

Img_2602  2017年11月27日、くらし学際研究所は神戸市勤労会館で、公開講演会を開いた。演題は「核兵器禁止条約―核兵器廃絶へ!」、副題は「核兵器のない世界への第一歩」である。講師は原水爆禁止兵庫県協議会事務局長の梶本修史さん。司会は当研究所世話人の川口稔さん。当研究所事務局長の落合淳宏さんの紹介に続いて、講師の梶本さんは、1948年尼崎生まれ、県立神戸商科大学卒と自己紹介して早速演題に入った。大要は以下のとおりである。

1.広島・長崎で起こったこと
(1)4つの被害
 原爆投下の当日、1945年8月6日(広島)、8月9日(長崎)、当日の広島市の人口約35万人。45年末までに14万人死亡。長崎は7万4千人死亡。
①熱線…1万分の1秒・直径28m・摂氏数百万度。1秒後・直径280m・5千度。爆心地から2キロで衣服燃える。溶鉱炉で約1500度と言われているが、原爆による「死者の60%は生きながらに焼かれた」。
②衝撃波・爆風…爆心地数十万気圧。マッハ効果。秒速440m。爆心地から1.8キロの距離で秒速72m、1㎡10トン。
③放射線…直接被爆、残留放射線被害
④心
(2)核兵器の特徴
①奇襲瞬間性、②無差別大量性、③全面性、④人間全否定性、⑤持続拡大性
 核兵器は通常兵器と異なり、人命だけでなく、建築物、生物すべてのものを破壊する。そして、その被害は何年も続く。原爆投下後の死亡で「行方不明45%」と言われているがそれは遺体そのものが確認できない。原爆と普通の爆弾との違いは、放射線による遺伝子の損傷があり、放射線被害は72年後の今も続いている。原爆の被害者、被爆者(被爆者援護法で定められている者)は2017年3月末で全国164,621人、兵庫県3,383人もいる。被爆から72年経っても16万人以上の被爆者が苦しみながら生き続けている。
(3)原爆を「新型爆弾」と称して被害の深刻さを国民に知らさなかった日本政府と米軍、GHQ
 米大統領トルーマンの「原爆投下声明」を傍受した日本軍と政府は原爆であることを確認するため理化学研究所の物理学者仁科芳雄博士を含む調査団を広島市に派遣。陸軍と海軍も各地の大学から物理学者や医学者など専門家調査団を派遣し調査にあたらせた。この調査結果に基づいて、アメリカに対して、原爆投下は国際法に反すると抗議。その一方で国民には、戦意喪失を恐れ、原爆を「新型爆弾」と称して原爆被害の深刻さを知らせない方針を取った。こうした日本政府の対応の間に、2発目の原爆が長崎に投下された。
 原爆投下直後の1945年8月11日日本政府は次のような抗議声明を発表した。「・・・・従来のいかなる兵器、投射物にも比し得ざる無差別性残虐性を有する本件爆弾を使用せるは人類文化に対する新たなる罪悪なり。帝国政府はここに自らの名において米国政府を糾弾すると共に即時かかる非人道的兵器の使用を放棄すべきことを厳重に要求す。」
 原爆の投下直後9月3日、5日に広島を取材したウィルフレッド・バーチェット記者らは、「・・・・広島では人々が、あのような惨禍によって怪我を受けなかった人々でも、『原爆病』としか言いようのない未知の理由によって、未だに不可解かつ悲惨にも亡くなり続けている」、などと『デイリー・エクスプレス』や『ニューヨーク・タイムズ』で報じている。ところが、マンハッタン管区調査団指揮官のトーマス・ファーレル准将は9月9日の東京での記者会見で、「広島・長崎では、死ぬべき者は死んでしまい、9月上旬現在において、原爆放射能で苦しんでいる者は皆無だ」と、事実を否定した。
 さらに、GHQは原爆使用の非人道性を国際的に知られることを恐れ、45年9月19日、原爆に関する報道・文学は検閲により厳しく制限し、被爆調査に関する発表も事前に許可を取ることを要求し、事実上発表を禁止した。これらの措置によって、原爆被害の実相は世界に伝わらなかった。

2.核兵器開発を進めたアメリカとソ連の核競争激化、核戦争の危険が19回も
(1)激化する原水爆実験
広島への原爆投下によって、各兵器の威力を知ったトルーマン米大統領は1947年7月、原爆製造再開を命じ、48年6月までに原爆50発を保有することになった。さらに、1950年3月、水爆製造に着手した。アメリカの核兵器独占に対抗してソ連も1949年8月29日に核実験成功、核兵器開発へ突き進んでいった。
使える戦術核兵器の開発を進めてきたアメリカは、1950年11月30日に朝鮮戦争での原爆使用に言及した。1947年6月時点で13発の保有であった原爆は、55年2422発、59年~60年は年産7000発、62年27100発、66年には32300発に達した。ヒロシマ型原爆の1200倍(第2次世界大戦で米国が使用した爆弾の8倍)の威力を持つ水爆の実験を52年11月1日に米国が、翌53年8月12日にソ連が行った。米ソの核競争は激化し、ソ連は1957年8月に大陸間弾道弾(ICBM)飛行実験に成功、同年10月には人工衛星・スプートニク打ち上げ成功。米国に追い付き追い抜いた。
1954年3月1日、アメリカは、マーシャル諸島のビキニ環礁で「ブラボー」と名付けた水爆実験を実施。住民や周辺海域の漁船992隻の日本人乗組員らが被爆。放射性物質「死の灰」が世界中に降り注いだ。静岡県焼津市のマグロ漁船、第5福竜丸の23人も被爆し、半年後に無線長の久保山愛吉さん(当時40歳)が死亡した。アメリカは世界122か所で広範な影響調査を行い、アメリカ西海岸、グアム、青森県三沢、沖縄、広島、長崎などでも影響が観測された。
(2)核戦争の危険が19回も
 アメリカは冷戦時代にソ連「封じ込め」戦略から「大量報復」戦略に転換した。53年末米国のアイゼンハワー政権は、「ソ連攻撃に600~700発の核爆弾を使用。ソ連を2時間で灰と放射能で覆われた廃墟にする」「118都市の人口80%、6000万人を殺害する」などと宣伝した。
 その後、1961年1月、米ケネディー政権は「柔軟反応」戦略に転じ、「限定核戦争」構想(キッシンジャーの提唱)に基づく、「部分的核実験停止条約」(63年8月)、核兵器独占体制づくりのための「核不拡散条約」(NPT)(68年調印)締結へ進んだ。これらは、「核抑止戦略」により、「国家として再び存立しえない程度の破壊」、「壊滅的破壊」を避けようとするものである。何故なら、国家の存立自体を危うくする「核戦争」に至る危険が19回も発生したからである。

3.原水爆禁止運動のはじまり
(1)核兵器独占と米ソ冷戦
米国の核兵器独占が続く中、1947年から米ソ冷戦が顕在化した。1949年4月、パリとプラハで同時に同じ議題で世界平和大会が開催された。これは、原子兵器の廃棄が実現しないことへの危機感からであった。ところが同年8月29日にソ連が核実験に成功、米国の核兵器独占に終止符が打たれることになった。世界平和大会で設置された世界平和評議会は、1950年3月、スエーデンのストックホルムで開催された第3回委員会で、「原子力兵器を無条件に禁止すること、それを保証する国際管理を確立すること、最初に原子兵器を使用する政府を戦争犯罪人として取り扱うこと」を訴える署名運動の展開を決議した。これが有名なストックホルムアピールである。この署名運動は、同年6月に始まった朝鮮戦争を背景に、たちまち世界的な支持を得て同年11月には署名総数5億人に達した(兵庫県内では15万8千人、日本全体では645万余人)。この署名の影響力は大きく、朝鮮戦争でのアメリカによる原爆使用を阻止するとともに、後の日本における原水禁運動の源流となった。(事務局注:ストックホルム大会の開催4か月後の1950年7月11日にGHQのてこ入れで作られた日本労働組合総評議会、略称「総評」が平和運動に注力する方針転換の契機となった)。
(2)国内外の核兵器禁止運動の高まり
 米ソの核軍拡競争の激化と共に世界的な原子力兵器禁止の運動も高まりを見せていた。そのような時期に、1954年3月1日に米国がビキニ環礁で行った水爆実験は我が国世論にも大きな怒りを巻き起こした。抗議の運動が各地で多様に取り組まれた。東京築地の「魚屋大会」、焼津市議会をはじめとする全国的な自治体決議、平和集会や市民大会、自発的な署名運動、などである。全国でも一番早い「草の根」の取り組みだと思われる「芦屋あすなろ友の会」の署名の取り組みがある。これは、広島で身重の身体で被爆した副島まちさんが移り住んだ芦屋市で参加した、主婦たちが作る「芦屋あすなろ友の会」の署名活動である。その署名を携え、1955年8月6日に広島で開催された原水爆禁止世界大会に、副島さんは「会」を代表して参加した。その後、被爆者救援の「1円募金」を始めるなど原水爆禁止の運動に終生取り組んだ。
1954年8月8日、全国各地で取り組まれている署名を集約し、「署名に表れた日本国民の総意を内外に伝え、原水爆禁止に関する世論を確立する」ことを目的に「原水爆禁止署名運動全国協議会」が作られた。1955年8月6日に広島市で開催された第1回原水爆禁止世界大会で、8月3日までの集約分として3158万3123筆が報告された。この数字は当時のわが国の有権者数の半数に迫るものであった。世界大会から1か月後の9月19日、世界大会準備会と署名運動全国協議会は統合して、原水爆禁止日本協議会(日本原水協)が結成され、その翌年1956年8月9日に、日本原爆被害者団体協議会が結成された。
日本で取り組まれた署名運動は世界的にも広がり、全世界で6億7000万人に達した。1955年7月9日、ロンドンでノーベル賞受賞者らが連名で、ラッセル・アインシュタイン宣言を発表した。アインシュタインはこの発表の3か月ほど前に亡くなっており、アインシュタインの「遺言」とも言われるが、宣言では、人類と核兵器の危機的な関係を直視し、東西の立場を超えて人類の生存の問題としてともに核兵器廃絶に踏み出すことが訴えられた。この宣言の署名者には日本から、ノーベル物理学賞受賞者の湯川秀樹博士が名を連ねている。
このような核兵器廃絶に向けての内外の動きの中で、日本では54年6月、防衛庁設置法、自衛隊法が成立し、7月には自衛隊が発足した。このとき国会では、「自衛隊の海外出動禁止決議」がなされ、「本院は、自衛隊の創設に関し、現行憲法の条章と、わが国民の熾烈なる平和愛好精神に照らし、海外出動はこれを行わないことを、茲に改めて確認する 右決議する」(参院本会議 1954年6月2日)と、全国各地で取り組まれた原水爆禁止「3000万署名」の影響を受けた内容となっている。

4.「核兵器廃絶」が国際政治・平和運動の中心課題になるまでの苦難の道
(1)核兵器国と非核兵器国
第2次大戦後、米ソ中心の軍事ブロック対抗で5万発の核兵器独占体制が作られた。そのような中で、1963年部分的核実験停止条約が成立。1968年調印、70年発効でNPT(核不拡散条約)が締結された。現在の締結国は190か国。未加盟国はインド、パキスタン、イスラエルの「核保有国」である。
 NPTは「核兵器国」(アメリカ、ロシア、イギリス、フランス、中国)の核保有を認めると共に、非核兵器国の核保有を禁止するものである。本質的には「核兵器国」の特権を認める不平等条約である。ただし、「核兵器国」にも「誠実に軍縮交渉を行う義務」を課している。しかし、1980年代半ばまでは、「核兵器廃絶」は、国際政治でも世界の平和運動でも「夢物語」「理想論」と取り合われなかった。
(2)世論が事態を変えた
 1985年2月、12カ国の代表により「ヒロシマ・ナガサキからのアピール」国際署名が提唱された。内容は次のとおりである。
 「核兵器の使用は、人類の生存とすべての文明を破壊します。核兵器の使用は、不法かつ道義にそむくものであり、人類社会に対する犯罪です。
 人類と核兵器は絶対に共存できません。
 いま世界各地でおこっている核戦争阻止のための有効な諸活動の発展とともに、国際的な共通の課題として、核戦争を廃絶することは、全人類の死活にかかわる最も重要かつ緊急のものとなっています。
 広島、長崎の地から、私たちは被爆者とともに、そしてもはや帰らぬ死者たちにかわって訴えます。
 第二のヒロシマを、第二のナガサキを、地球上のいずれの地にも出現させてはなりません。
 いまこそ私たちは、核兵器全面禁止・廃絶を求めます。」
 この署名の取り組み当初は、広島市長、長崎市長も署名は拒否、世界平和評議会で取り組みを提案したが、中心幹部がこぞって反対した。しかし、草の根からの署名の取り組みは前進し、全国の自治体でも非核宣言自治体は1980年10自治体程度が、87年1377,90年代には2400以上の自治体に拡大した。これは、自民党が『「非核都市宣言」は日本の平和に有害です』などとパンフ発行するなどの妨害の動きの強い中での前進である。また、ニュージーランドで87年6月に「非核法」が成立、同年の「世界大会」で「平和の波」運動が提起されるなど運動は内外で大きく前進した。
 「ヒロシマ・ナガサキからのアピール署名」は、90年に兵庫県で県民過半数・神戸市民過半数など達成、各地で国民的規模の取り組みが広がった。2003年9月には日本国内で6000万筆を達成した。
(3)初めて「核兵器廃絶」が国連の課題に
 「ヒロシマ・ナガサキからのアピール」国際署名の取り組みなどの国際的世論の広がりは、国連の課題に取り上げられるようになった。
 92年、非同盟諸国首脳会議が「期限をきった核兵器廃絶が優先課題」と方針を決めた。翌93年WHO,94年国連総会が、「核兵器の使用や威嚇は国際法のもとで許されるか」の裁定を国際司法裁判所に提訴することを決議。93年10月、兵庫県からも参加した代表団が署名4300万(目録)を国連に提出。この国連総会で、非同盟諸国が核兵器廃絶決議案を初めて国連提案(米圧力で採決取り下げ)。94年には「期限をきった」廃絶決議を採択。日本政府は「究極的廃絶」決議で国際世論に対抗した。

5.NPTを舞台に核兵器国との攻防
(1)NPT延長に条件(5年ごとに再検討会議を行う)
 1970年発効のNPT(核不拡散条約)が25年の期限を迎え、米国などは無期限・無条件延長を主張した。これに対し、非同盟諸国などはNPTの終了、核兵器廃絶を主張して対立した。日本は米国の意向を受け、ODAを悪用し「無期限・無条件延長」を画策して各国を工作した。結局、1995年のNPT無期限延長後、5年ごとに再検討会議を行うことで決着。2000年以来、「再検討会議」が核兵器廃絶への重要な政治舞台になった。NPTの不平等性への批判が原動力であり、新アジェンダ連合諸国、非同盟諸国の奮闘が大きな役割を果たしている。これは、非核兵器国政府と世界諸国民の連帯の成果でもある。
(2)核兵器の完全廃絶を明記
 2000年NPT再検討会議の最終文書は(NPTは全会一致制)、「第6条のもとですべての締約国が責任を負う核軍縮(nuclear disarmament)につながる、自国核兵器の完全廃絶を達成するという全核保有国の明確な約束」を明記した。これに対し、「究極的核兵器廃絶」決議案を提案し続けてきた日本政府は、「2階に上がってはしごを外された」と嘆きの言葉を残している。日本政府が国連総会で数年間にわたって旗を振ってきた「究極的」核廃絶決議の使命は終わったので、今後は核軍縮・不拡散の推進に役立つ決議を模索していかねばならない。
 また、NPT再検討会議と同時期に国連は、世界のNGO代表による「ミレニアム・フォーラム」を招集し、「21世紀の国際社会のあり方」について新しい方針を諮問した。
 フォーラムの6つのメインテーマは次のとおりである。
①平和・安全と軍縮、②貧困の撲滅、③人権、④持続可能な開発と環境、⑤グローバル化の挑戦への対処、⑥国連と国際機関の強化・民主化。
 政府の行動に関する勧告、国連に対する提言、及び、市民社会自体が取り組むべき行動という、3つの主要分野に分けられているテーマについて論議を行った。ミレニアム・フォーラムでは、市民社会(NGO)について、「21世紀には『ピープルパワー』があれば、世界中のあらゆる人々のために国連憲章を役立たせることができるという希望を我々に与えている」などと高く評価するコフィ・アナン事務総長(当時)の基調報告が行われた。そして、「最終宣言」は、非核「神戸方式」、憲法9条の適用も世界の政府に勧告した。国連の方針になったのである。
 2000年末の国連ミレニアム総会でも「核兵器廃絶」について、NPT再検討会議と同様の合意が行われた。21世紀から日本原水協が提起し、「今、核兵器の廃絶を」「速やかな核兵器の廃絶のために」「核兵器のない世界を」「核兵器全面禁止のアピール」など、一連の国際署名で取り組んだ6000万に達した署名を2000年10月、国連に提出。これらの取り組みの成果、2001年から非同盟諸国、新アジェンダなど政府代表が世界大会に出席し、共同が強まっている。2002年2月の非同盟諸国首脳会議に日本原水協が正式のゲストとして招待された。2008年世界大会には政府代表とともに、国連代表(デュアルテ・国連軍縮担当状況代表)が正式参加。
(3)「核兵器国」アメリカの妨害などがあっても前進、核兵器の非人道性告発
 2001年に登場した米ブッシュ政権は、京都議定書やNPT再検討会議などの国際合意をことごとく無視、破棄。2005年のNPT再検討会議は日本から1000名(うち原水協800名)の代表団を派遣し、500万署名と1200の自治体首長署名を提出したが、ブッシュ政権の妨害で議題も決められず閉幕。
 2010年NPT再検討会議は、兵庫県から60人を含む1600人以上の大代表団が約700万の署名を提出して参加。2000年再検討会議の「核兵器廃絶の明確な約束」を再確認、「核兵器のない世界の平和と安全」のために、「特別の努力」をあ傾注することを確認。パン・ギムン国連事務総長提唱の「核兵器禁止条約」に「留意」することとした。また、「最終文書」は、同時に、「核兵器のいかなる使用も壊滅的な人道的結果をもたらすことに深い懸念」を表明。ここでの「深い懸念」は後に生きる重要な意味を持つものとなった。
 2010年NPT再検討会議合意を受けて、核兵器は非人道的な兵器との側面から廃絶を追求する新しい取り組み(「非人道的アプローチ」)が始まった。
 2011年 国際赤十字及び赤新月社運動代表者会議
       「核兵器の使用に起因する計り知れない人間の苦痛と国際人道法との関係を強調する決議」採択
 2012年4月 NATO加盟国を含む16カ国、非同盟諸国、新アジェンダ連合諸国
       「核兵器のいかなる使用も壊滅的な人道的結果をもたらすことに深い懸念」との共同声明
 2012年10月 34か国+バチカンが国連総会で、上記内容の決議に賛同。
  日本政府は、これらについていずれも賛同拒否の態度を取った。
 2013年3月 核兵器の人道的影響に関するオスロ会議
         ノルウエ―のオスロで2013年3月3~4日、「核兵器の人道的影響に関する国際会議」が開催され、127カ国政府、国連、国際赤十字、世界のNGOが参加。第2回メキシコ会議には146か国、第3回(2014年12月8~9日はオーストラリアのウイーンで158カ国が参加。
 2013年10月21日 国連総会第1委員会
        「核軍縮の人道的側面に関する共同声明」発表。内容は、①核兵器の非人道性を懸念、②「いかなる状況下でも核兵器が二度と使用されないことが人類生存の利益」、③「核兵器が再び使用されないことを保証する唯一の方法は核兵器の廃絶だ」、④すべての国に核軍縮を達成する共通の責任がある、などとするものである。この共同声明には125カ国が賛同し、日本政府もようやく参加した。

6.核兵器禁止条約へ向けて前進
(1)NPT再検討会議から国連総会の場へ
2015年のNPT再検討会議は、日本から1000人(兵庫県49人)の代表団が約700万の署名を提出。メキシコ、新アジェンダ、非同盟諸国などとともに核兵器禁止条約の交渉開始を厳しく要求した。5月8日に示された「最終文書」に向けた最初の素案は「法的枠組み。核兵器禁止条約などによる期限を切った核兵器廃絶」に初言及された。しかし、5月22日未明にフェルキ議長が配布した最終文書案には「核兵器禁止条約」の文言が消えていた。結局最終文書は採択されずに会議は終わったが、「作業部会」を設置することを国連総会に勧告する内容となった。これは、運動の前進を示す重要な「一里塚」となった。2015年国連総会は、賛成138、反対12、棄権34で「核兵器禁止条約の作業部会設置」を決議した。2016年に3回の作業部会を開催、同年の国連総会に「核兵器禁止条約の作業会議(国連会議)の開催」を提案。これに対し、核兵器国はボイコット、日本はじめ同盟国が代弁者になった。
2016年8月19日、賛成68、反対22、棄権13(日本は棄権)で、「国連総会への報告書」が採択された。報告書の主な内容は以下のとおりであった。
「多数の国は、核兵器を禁止してその全面廃絶へと至り核兵器のない世界を達成・維持するとの義務および政治的誓約とともに全般的禁止を確立する、拘束力を持つ法的文書についての交渉―すべての国、国際組織、市民社会に開放される―を2017年の国連総会において開始することを支持した」。ここでいう「多数の国」とは、アフリカ・グループ54か国、東南アジさ諸国連合10か国、中南米諸国共同体33カ国の諸国並びにアジア、太平洋、ヨーロッパの諸国から構成される国々のことである。
この他にも報告書は重要な内容が含まれている。それは、「国連総会において、すべての国家、国際機関、市民社会に開かれた形で、核兵器の完全廃棄につながるような、核兵器を禁止する法的拘束力のある文書の交渉を開始すること」、また、「そのような法的文書には以下が含まれる。a核兵器の取得、保有、備蓄、開発、実験、生産の禁止。b核兵器の使用における関与の禁止。C国家の領土における核兵器持ち込みの禁止。これには核兵器搭載船舶が港湾や領海に入ることを認めること、…・国家の領土内において核兵器の配置や配備を認めることが含まれる。・・・f核兵器の使用および実験の被害者の権利を認め、被害者への支援提供と環境修復を誓約すること」というものである。
さらに2016年作業部会の報告書は、「…核兵器の禁止のための法的拘束力のある文書交渉するため、すべての国家に開かれ、国際機関や市民社会が参加し貢献する会議を2017年に開催するよう勧告する」という厳しい内容であった。
(2)核兵器国の抵抗
 核兵器廃絶の国際世論が高まり、国連の場で論議される事態になり、2016年9月15日、核兵器保有5カ国(P5)は、「P5は、グローバルな戦略状況を無視した核軍縮のアプローチを追求することに深い懸念を表明した。そうした動きは、数十年にわたってNPT体制を強化し、国際的な安全保障へのNPTの貢献を強めるのに役立ってきたコンセンサスに基づくアプローチを脅かすものとなって、今後のNPT再検討会議におけるコンセンサスの見通しに否定的な影響を及ぼす可能性がある」と共同声明を発表した。
 更に、アメリカは、2016年10月17日、米国の同盟国に対して、「国連総会の核兵器禁止条約の防衛政策への影響」と題する書簡を送った。その内容は、「オープンエンド作業部会(OEWG)に参加した同盟諸国に対し、われわれは、核兵器禁止条約交渉開始に関する国連第1委員会でのいかなる票決においても「反対」の票を投じるよう強く促すものです」「禁止の提唱達は・・・・核兵器と核抑止に悪の烙印を押すことを主要な狙いとしたアプローチへと焦点を移すことを追求している」などとして、核兵器禁止条約に賛同しないよう警告した。もっと強い調子で、「米国はすべての同盟国・パートナー国に、核兵器の条約による禁止の交渉に、単に棄権するのでなく、反対票を投じるよう呼びかける。加えて、もし交渉が始まっても、同盟国・パートナー国はそれに参加することを見合わせるように要請する」としている。これはアメリカが、「NATOとアジア太平洋の拡大抑止のコミットメントを果たす米国の能力、及び米国や他の核兵器国との共同防衛作戦への同盟国・パートナー国の関与の直接影響を与えかねないものである」と軍事同盟への影響を最大限懸念したからである。
このようなアメリカを先頭にP5(核保有5カ国)の厳しい抵抗にもかかわらず、2016年12月23日、核兵器禁止条約「国連会議」の招集が決まった。この国連会議招集の決議にあたって、アメリカが必死に圧力をかけ、抵抗したが賛成113、反対35、棄権13で国連総会の招集は決まった。米国の圧力に対して同調したのは35カ国に止まった。

7.核兵器禁止条約が採択された
(1)歴史的、徹底した民主的運営
 2017年3月27日~31日、6月15日~7月7日、戦後の国際政治の上でも、文字通りの画期的、歴史的意義を持つ国連会議が開催された。
 参加国は115カ国以上、地域機構や純地域機構―アフリカ連合(AU)、アラブ諸国、中南米カリブ海諸国共同体(CELAC)、東南アジア諸国連合(ASEAN)などが参加。そのほかに、220以上の市民社会(NGO),国会議員、研究者なども同席、役割を果たした。被爆者、世界の核実験被害者の証言は、会議の道徳的、・倫理的な方向性を示した。
国連総会議長はコスタリカ(1949年に常備軍を廃止する憲法制定)のホワイト軍縮大使。初めて、各国政府と市民社会(NGO)によって構成された会議。大国が仕切る時代から各国対等の時代への前進を示すものとなった。最初は「白紙」の状態から第1会期で意見を出し合い、5月22日に議長が原案発表。第2会期で前文から順次検討する進め方であった。
ホワイト議長が原案発表を早期に出せたのは、1968年に発効した「ラテンアメリカ及びカリブ核兵器禁止条約(トラテロルコ条約)の存在と非同盟諸国の運動の経験があったからである。
2011年3月、コスタリカも参加する中南米・カリブ海諸国共同体(CELAC)が発足し、「核兵器全面廃絶に関する特別声明」で「可能な限り早い期日に核兵器を廃絶する方途を確認するための、高級レベルの国際会議を呼びかける活動を行う」ことを宣言。更に、2011年5月、第16回非同盟諸国外相会議・非同盟運動50周年記念会合は、「核兵器の全面廃絶に関する声明」を発表し、その中で、「具体的な期限を区切り、世界的な核軍縮と核兵器の全面廃絶を実現するための具体的提案を、非同盟諸国が策定する」「核兵器廃絶の方法を明確化するための高官級国際会議の開催するために努力する」ことを宣言。
国連総会の会議初日(3月27日)、アメリカのニッキ―・ヘイリー国連大使は議場の外で、英仏など約20カ国の大使とともに並び、「国連会議」と核兵器禁止条約に対する異常な攻撃を行った。このとき、日本原水協などのNGOは各国政府とともに議場の中で議論に参加していた。米国などの一部大国が国連を仕切る時代が過ぎたことを象徴する場面でもあった。
なお、日本政府は会議冒頭の各国政府演説で、核兵器禁止条約への反対と交渉への不参加を表明、退席した。「核兵器保有国が不参加で核兵器禁止条約をつくる事は無意味」として退席した日本政府に対して、オーストリア軍縮大使は「それなら何故あんなに強く反対するのか。意味があるから反対するのではないか」と皮肉を込めて批判した。
(2)国連総会での攻防
 被爆者の発言から始まった会議の最終日、ホワイト議長は、「今週、われわれと一緒にいてくれた被爆生存者のみなさんに感謝しています。彼らは核兵器の非人道的な影響をわれわれに鮮明に思い起こさせてくれました」と熱い感謝を述べた。非同盟運動や新アジェンダ連合に加え、アフリカ、中東、東南アジア、カリブの地域代表が次々と禁止条約支持を表明。世界的な賛同の広がりを改めて印象漬けた。
 一方、米国は、「全加盟国に禁止条約に署名しないよう要請する」と露骨な敵対姿勢を表明、英仏は、「予測不能な安全保障環境が、見通せる将来のために核抑止力の維持を要求している」(英国)などと署名しないことを表明。ロシアも署名しないとし、各国に既存のNPT体制下での軍縮プロセスに従うよう要求。中国は、国際的な核不拡散体制が直面する深刻な課題の一つに、禁止条約の採択を上げるに止まっている。
 日本政府は、「核保有国と非保有国の間の協力と信頼の再構築が不可欠」と述べたものの、禁止条約の評価には言及してない。北朝鮮は「核兵器の完全廃絶という禁止条約の第1の焦点には賛同するが、核の脅威を北朝鮮にもたらす米国が条約を拒否しているため、北朝鮮は加盟する立場にない」と述べた。
 これらの各国政府の状況を見て、国連の中満軍縮担当上級代表(事務次長)は、禁止条約の推進派と反対派の双方に「分断の橋渡しをし、共通の考え方を生み出していきたいと思っている国がたくさんある」と指摘。保有国が条約に直ぐ入るのは困難だとしつつ、市民の運動の積み重ねが規範の普遍化に必ずつながる、と強調している。
(3)核兵器禁止条約の中身
①前文で、「ヒバクシャ」の取り組みを高く評価
 核兵器禁止条約は前文で、「…核兵器のあらゆる使用がもたらす破滅的な人道的結果を深く憂慮し、そうした兵器を完全に廃棄するという当然の必要―それはいかなる状況の下においても核兵器が二度と使用されないことを保証する唯一の方法であり続ける―を認識し…」、と人類を破滅に追いやる兵器としての認識を冒頭に強調している。更に、前文は「核兵器使用の被害者(ヒバクシャ)および核実験の被害者にもたらされた容認しがたい苦難と損害に留意し」、と「ヒバクシャ」が国際人道法の原則に違反する被害を受けてきたことを指摘している。そして、「核兵器廃絶の呼びかけに示された人道の諸原則を推進するための市民的良心の役割を強調し、またその目的のための国連、国際赤十字・赤新月社運動、その他の国際・地域組織、非政府組織、宗教指導者、国会議員、学術研究者、ヒバクシャの取り組みを認識し、以下のように合意した」と、「ヒバクシャ」の取り組みを高く評価した内容となっている。
②抜け穴を許さない
 条約は、第1条で核兵器にかかわるあらゆる活動を禁止し、「抜け穴」を許さないものとなっている。
第1条 禁止
(a)核兵器の開発、実験、生産、製造、取得、保有、貯蔵
(b)核兵器の移転 (c)核兵器の受領 (d)核兵器の使用、又は使用の威嚇、(中略)
(g)自国の領域または自国の管轄もしくは管理の下にあるいかなる場所においても、核兵器を配置し、設置し、又は配備することを許可すること。
 「核兵器の使用、または使用の威嚇」の禁止条項は、当初の原案には無かったものである。これは、会議参加国の真摯な交渉の成果であり、「核の傘」の下にある国への配慮でもある(「核の傘」に依存する必要がなくなり、離脱が可能になる)。そして、核兵器を保有する最大の根拠とされる「核抑止力」論を否定するものであり、核保有国が「核抑止」政策を見直すこと、同盟国がこれに依存する政策を放棄すること、「核の傘」から離脱することを求めるものである。
③核兵器廃絶の道筋を示す
 「核兵器の全面廃絶につながる、核兵器を禁止する法的拘束力のある協定について交渉する国連会議」というタイトルが示すように、国連の会議は、核兵器の法的禁止、非合法化を先行させ、完全廃絶につなげるという、「核兵器のない世界」というゴールを可視化させるものとなった。実際の条約条文には、第4条に、核兵器保有国・同調国の条約への参加の道を規定し、核兵器完全廃絶への枠組みを示している。
 そして、条約の制度的取り決めとして第8条に、2年ごとの「締約国会合」、6年ごとの「検討会議」、締約国の3分の1以上の要請がある場合の「臨時会議」が規定されている。
 また、この条約国の締約国ではない国、並びに国連の関連組織、その他の関連の国際組織または機関、地域組織、赤十字国際委員会、国際赤十字・赤新月社連盟及び関連の非政府組織は、締約会議と検討会議にオブザーバーとして参加するよう招請されることも規定されている。
④被害者援助と環境回復
 この「核兵器禁止条約」成立のために大きな貢献をした、「ヒバクシャ」や核実験被害者への援助を行う責任も条文に明記され、被爆国、被害国の国民の切望に応えるものとなった。
 第6条 被害者援助と環境回復
1.締約国は、核兵器の使用まあは実験によって影響を受けた、その管轄下にある諸個人に関し、適用可能な国際人道法および国際人権法に従って、医療、リハビリテーションおよび心理的な支援を含め、年齢及び性別に配慮した支援を差別なく十分に提供し、かつ、彼らの社会的かつ経済的包摂を提供する
2.締約国は、核兵器あるいは核爆発装置の実験または使用に関連する活動の結果として汚染された、その管轄または支配下の地域に関し、汚染地域の環境改善に向けた必要かつ適切な措置を取る。
⑤禁止条約の発効の条件
 第72回国連総会の実質審議が開始される9月20日、すべての国連加盟国を対象に署名が開示され、議会による批准が50か国に達した段階から90日後に発効する。2017年11月27日現在、署名53(批准3)に止まっている。
 最近の国連総会では、核兵器禁止条約の署名・批准を呼びかける決議採択されたが、アメリカがアフリカ諸国などに調印拒否の圧力をかけるなどの妨害が明白になっている。早期の発行を考える上からは、我国をはじめ、各国国民からの突き上げが足りない。

8.核兵器は違法な存在であると「悪の烙印」を押した
 アメリカ、イギリス、フランス、ロシア、中国の5大国はNPT(核不拡散条約)によって核兵器保有を法的に保証されていた。これまで、核兵器は合法的な存在であった。ところが、核兵器禁止条約の成立によって、歴史上初めて明文上も違法な存在となったのである。
 核兵器は今や、不道徳であるだけでなく、条約に反するあらゆる活動が、国際社会の避難の対象となる。核兵器について破滅的な結末をもたらす非人道的な兵器であり、国連憲章、国際法、国際人道法、国際人権法に反するものであると断罪して、これに「悪の烙印」を押した。
 核兵器を違法とする法的規範が確立されたことによって、条約への山河を拒んでいる国も、政治的、道義的な拘束から免れることはできない。さらには、核大国の世界的規模での核戦略を誓約し、破たんさせる可能性もある。

9.核兵器は安全保障に必要か?
(1)核兵器は「抑止力」か?
 核兵器禁止条約が成立した現在でも、「核兵器は安全保障に必要」との立場に固執している国々、人々がいる。これらの人々は、「核兵器こそ抑止力」でありそれを保有することが安全保障になるというのである。抑止力とは、「もし攻撃を仕掛けてきたら、圧倒的な軍事力で報復して、徹底的なダメージを与えるぞ!」と脅迫し、敵の攻撃を「抑止」しようとするものである。このように「報復」「脅迫」「恐怖」で相手を支配しようとする考え方を「抑止力論」という。何よりも、核兵器こそが「抑止力」の名にふさわしいと考えているのである。
 「抑止力」は、相手の本拠地に壊滅的な打撃を与えられるような攻撃力であり、軍拡競争を激化させ、一触即発の緊張をもたらす。「抑止力」には、常に先制攻撃への誘惑がつきまとう。国際社会とわが国を緊張させている北朝鮮は、アメリカの「核抑止力」に対する「抑止力」として核兵器開発を進めてきた。圧倒的な軍事的優位こそが「抑止」を保証するという幻想に立っているのである。それは、際限のない軍拡競争であり、当該国だけでなく、人類の生存を壊滅的なものにする。
 「核兵器は安全保障にかかせない」という議論に対して、オーストリアの軍縮大使は2017年3月27日、次のように述べている。
 「もし、核兵器が本当に安全の保障を提供するうえで欠かせないのなら、どうしてすべての国家がこの利点を得てはならないのか?核兵器は世界をより安全にするという議論に従えば、より多くの国々がより多くの核兵器を持った方が良いということを意味することにならないだろうか?われわれはそういう議論を信じない。明らかに、核兵器が少ない方が、そして核兵器がない方が、われわれはより安全になるのだ。それのみが、誰をも、より安全にするのである。」
(2)「抑止力」より「外交力」を
 核兵器による「抑止力」論は、あくまで「報復力」であり、先制攻撃のための武力ではない。しかし、核兵器による「抑止力」という圧倒的な「攻撃力」を先制攻撃に使おうとする誘惑は常に存在する。「核兵器使用の非人道性」を何よりも雄弁に告発するものは、広島・長崎の被爆の実相に他ならない。広島・長崎の被爆の実相の前には、核兵器へのいかなる合理化も無力である。「核抑止力」論を打ち破る最大の力は、被爆の実相のっ更なる解明と普及である。
 「抑止力」=「報復」「脅迫」「恐怖」による戦争抑止という考え方との決別が求められている。国連憲章に基づく集団的安全保障と平和的国際秩序の確立を求め、日本国憲法の平和的生存権に立脚した「外交力」の発揮が日本政府に求められている。「核兵器のない世界」「基地のない沖縄」「日米軍事同盟からの脱却」のために、「抑止力」論という幻想を打破しなければならない。

10.世界の流れに背を向ける安倍政権 
(1)核の傘に固執
 94年から日本政府は、「核兵器究極廃絶」国連決議案を提案。非同盟諸国などの提出した核兵器廃絶決議には「棄権」してきた。今国連総会でも核兵器禁止条約の署名・批准を呼びかける決議採択に対して、核兵器国寄りの決議案提出で国際的批判を浴びている。北朝鮮の核開発・ミサイル開発の動きに対しても、外交不在、軍事一本槍の対応。そのうえ、政府与党内には、北朝鮮の「ミサイル発射」にたいして核武装論までもが論議され、北朝鮮のミサイル基地攻撃論まで出ている。
 「核の傘」に固執し、日米軍事共同態勢の強化とともに、北朝鮮問題の危機をあおり、あるいは口実にして、国民にJアラートによる避難訓練など、思想動員を図っている。日本自らの軍備強化、軍事費の拡大、海外行動使用の装備強化を進めている。これは戦争法の強行に続く集団的自衛権行使の具体化である。
(2)「核兵器のない世界」を喜べぬ唯一の被爆国
 核兵器禁止条約の実現目指す国連の会議から退席し、NGOから「あなたがそこに居て欲しい」と日本政府の代表席には折鶴が置かれた。安倍政権はアメリカの「核の傘」にすっぽりと入りながら、北朝鮮の核兵器開発は非難するという道理の無さ、矛盾した態度をとっている。安倍政権、与党内部からは核武装論、非核3原則の見直し論までが登場している。「核兵器禁止条約」の実現まで到達した世界の流れに完全に背を向けているのが安倍政権である。

11.一大国民運動で安倍政権に迫ろう
 国連で、7月に核兵器禁止条約が成立したのに続き、今年のノーベル平和賞は「核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)」に授賞が決まった。「ヒバクシャ国際署名」515万4866筆が国連に提出された。ノーベル賞の「ICAN」は、「日本は核兵器禁止条約に署名・批准を」と訴えている。
朝鮮戦争での核兵器使用を阻止した「ストックホルム・アピール署名」の力、原水爆運動を誕生させたビキニ水爆実験被災事件による草の根の国民的署名運動の力は威力を発揮してきた。現在、国連本部のロビーには提出した日本原水協などの署名を展示するためにツインタワーが設置され、核軍縮におけるシンボルになっている。
核兵器禁止条約の実現へ国連、各国政府、自治体も動いている。162か国・地域7469都市、日本国内では1741都市中1691都市、兵庫県では全41市町長が加入する「平和首長会議」が次の取り組み、論議を行っている。
2020ビジョン=核兵器廃絶のための緊急行動を策定・実行中。核兵器の臨戦態勢の解除、2020年を目標とする全ての核兵器の解体。
核兵器禁止条約の第8条により、条約締約国でもない日本政府にも「締約国会議」の「招請状」は来る。国連と核兵器廃絶を要求する諸国政府、自治体(平和首長会議など)、市民社会(NGO)の共同を強め、禁止条約を調印・批准する政府をつくる事は被爆国の運動の国際的責務である。
『安倍9条改憲NO! 憲法を生かす全国統一署名』(3000万署名)の国民世論で安倍政権追及、「ヒバクシャ国際署名」の国際世論で世界から孤立する安倍政権を追い詰める一大国民運動で安倍政権に迫ろう。市民と野党の共闘のすそ野を広げきるたたかいがカギになる。

2017年10月 1日 (日)

2017年9月 月例会・公開講演会の報告

  2017年9月25日、くらし学際研究所は神戸市勤労会館で、公開講演会を開いた。Img_2283a_2演題は「9条改憲徹底批判」である。講師は弁護士の深草徹さん。司会は当研究所世話人の垂水英司さん。垂水さんは、風雲急を告げている現在の情勢にふさわしい演題であると述べて開会。続いて、当研究所の代表世話人西澤信善さんが、講師の深草さんの研究論文などから、「専守防衛」の立場であると思うが、安倍内閣によって強行された「安保法制」によって海外派兵を認めることになった。それでも、「部分的な派兵」になっている。そこら辺のことも含めて、深草さんからお話を聞きたい、とあいさつした。垂水さんから、深草さんは1946年愛知県生まれで、1977年に弁護士開業、2013年に弁護士業務の実務を離れ、現在は深草憲法問題研究室を主宰している、などと略歴が紹介された。深草さんは「専守防衛」、「9条の意義、意味」などの根源的研究内容などはブログで連載中などと紹介しつつ、演題に入って行った。大要は以下のとおりである。

<9条はこうして獲得された>

(1)「9条」はマッカーサーによる押しつけか
 「イタリア占領史序説」、「日本占領管理体制の成立」など占領史の研究家、豊下楢彦(関西学院大学元教授、国際政治学者)の著書「昭和天皇の戦後史」(岩波書店・14,15頁)に憲法9条と1条の関連性について次のような記述がある。
「ところで、この間に、新憲法の核心に関わる重要な動きがあった。それは1月24日(事務局注:1946年(昭和21年)1月24日のこと)に行われた幣原首相とマッカーサーとの会談である。幣原が友人の枢密顧問官・大平駒槌に語った会談内容に関するメモによれば、マッカーサーはアメリカの一部や関係諸国から天皇制の廃止や昭和天皇を戦犯にすべきだとの声が高まっていることに危機感をもち、幣原に対して『幣原の理想である戦争放棄を世界に声明し、日本国民はもう戦争しないという決心を示して外国の信用を得、天皇をシンボルとするように憲法に明記すれば、列強もとやかくいわず天皇制へ踏み切れるだろう』と語ったという。
 このメモ(事務局注:大平の娘、羽室ミチ子が父からの聞き書きとして作成した「羽室メモ」のこと)がどこまで正確なものか否かは別として、『実録』(事務局注:「昭和天皇実録」のこと)は、幣原が翌25日に昭和天皇に拝謁し、前日にマッカーサーと会見したこと、そこにおいて「天皇制維持の必要、及び戦争放棄等につき談話した旨の奏上を受けられる」と記している。つまり、新憲法の1条と9条となる根幹の問題が両者によって議論されて「意見が一致」し、しかもこの段階で、その「旨」が昭和天皇に「奏上」されていたのである。」
 天皇制を残すのはマッカーサーの希望であり、幣原が戦争放棄の理想を語ったことに対して、マッカーサーは涙を流して幣原の手を握ったという。象徴天皇制は天皇制の連続性を保持しようとするものであり、9条は戦争の違法性を明記する前向きのベクトルである。豊下の記述通りであれば、「9条」はマッカーサーにより「1条」の代償として押し付けられたものになる。これは矮小化ではないか。実際はどうだったのだろうか。
(事務局注)
  日本国憲法
 第1条 天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。
 第9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

(2) ポツダム宣言は9条に直結するか
 京都大学教授で歴史学者の松尾尊兌(まつお たかよし)は、「昭和天皇は真珠湾攻撃の責任を東条元首相に転嫁した」(「論座」2007年2月号)で、「ポツダム宣言には、主権在民、基本的人権の尊重、戦争放棄の三本柱がすでに示されていることを忘れてはなるまい。」と述べている。
 ポツダム宣言を抜粋すると7,9として次のような内容の表現がある。7.そのような新秩序が確立せられるまで、また日本における好戦勢力が壊滅したと明確に証明できるまで、連合国軍が指定する日本領土内の諸地点は、当初の基本的目的の達成を担保するため、連合国軍がこれを占領するものである。9、日本の軍隊は、完全な武装解除後、平和で生産的な生活を営む機会と共に帰還を許されるものである。
 これで見る限り、松尾氏はポツダム宣言との関係で9条は論理必然的に出てくる、3本柱が示されているというが、ポツダム宣言と直結して、「戦争放棄」がそこから出てくることには距離がある。
 占領当時の米国務省は日本の軍隊をなくす考えはなかったものと思われる。国務長官の占領軍課長ジョージ・アチソンへの訓令では、天皇制が残されない場合と天皇制が残される場合に区分して、「以下の規制が必要となろう」と言っている。訓令の(5)として、「将来認められると思われる軍のいかなる大臣も文官でなくてはならず、軍人が天皇に直接上奏する特権は除去される」との表現がある。軍が天皇の統帥権に基づく横暴を規制する明確な訓令であるが、「戦争放棄」までを考えたものではない。
 このように、ポツダム宣言と9条との間には空隙がある。それは日本が自覚的に自主的に埋めて行ったものと考えられる。

(3)ポツダム宣言と9条の空隙はどのように埋められて行ったか
 (事務局注)1945年10月9日、東久邇宮内閣に代わって幣原喜重郎内閣が組閣された。幣原首相は10月11日、占領軍総司令部を訪問した際に、最高司令官マッカーサーから明治憲法を自由主義化する必要がある旨の示唆を受けた。同月25日、国務大臣松本丞治を長とする憲法問題調査委員会(松本委員会)を発足させた(芦部信喜「憲法」、23頁)。
  日本国憲法制定、とりわけ軍事関連条項をめぐる主な動きとして、次のようなものがある。
①「憲法改正要綱」(松本甲案)(事務局注:明治憲法の条文改正案を内容とするもの)
 ・第11条中に「陸海軍」とあるを「軍」と改め、かつ第12条の規定を改め、軍の編成及び常備兵額は法律をもって定めるものとする。
 ・第13条中の宣戦講話は帝国議会の協賛を経ることと改める。
 ・第20条中の「兵役の義務」は「公益の為必要な役務に服する義務」と改める。
 このような内容の「松本案」が総司令部に提出された(事務局注:1946年2月8日)。この松本案提出前の1月24日に幣原首相はマッカーサー最高司令官と会談し、「軍
備の撤廃・戦争放棄」などの平和主義思想を語ったといわれる。
②軍事関連条項を削除する動き
 入江敏郎(当時法制局次長・法制局長官を経て、最高裁判事)著「憲法成立の経緯と憲法上の諸問題」(第一法規出版)に掲載された、入江、宮沢俊義、佐藤功らとの座談会の反訳文中で、当時法制局の一員で後に中大学の教授となった佐藤が次のように発言している。「楢橋さんと石黒さん(石黒武重・内閣法制局長官)が…「日本」軍から伝えられたということで、改正案では「天皇ハ軍ヲ統帥ス」という文句は削ってもらいたい。それを残しておくと天皇制もふっ飛んでしまう。平和国家という一本槍で行きたい。…そうしたら松本先生が、…独立国家たる以上、軍がないということは考えられない…。…マッカーサーと交渉してそれが[軍規定を残すことが]できないというのならもちろん削る。…
 美濃部先生(事務局注:「天皇機関説」の美濃部達吉のこと)が、憲法を改正する以上は日本は独立国家たることを前提としてやるべきで…軍の統帥を置くことも当然[発言]…
 宮沢先生が発言して…向こうの意向に関わらず、平和国家という大方針を掲げる以上、日本には道がない…むしろ置かない方がいい…。」
 これは、[日本]軍(第一復員省総務局長吉積正雄・最後の陸軍軍務局長)から、「憲法改正要綱」の軍関連事項を削除すべきだという申し入れを受けた後の1946年2月2日の憲法問題調査委員会での議論の模様である。憲法問題調査委員会では、これ以外の案も検討。宮沢、入江、佐藤達夫(法制官僚・法制局長官)がまとめた松本試案(乙)、宮沢が単独でまとめた宮沢甲案、これらにおいては、いずれも軍関係規定は削除されることとなっていた。
 勅選の貴族院議員で東大教授でもある宮沢俊義は、雑誌「改造」の1946年3月号で、「憲法改正について」次のように述べている。「…日本を再建する路は平和国家の建設をおいてほかはないのだといふことを銘記すべきである。憲法改正は専らこの理念に基づいて為されなくてはならない。
たとへば、憲法改正において軍に関する規定をどう扱うべきかの問題を考えて見る。現在は軍は解消したが。永久にそうだといふわけではないから、軍に関する規定はそのまま存置すべきだといふ意見もあり得よう。しかし、日本を真の平和国家として再建していこうといふ理想に徹すれば、現在の軍の解消を以て単に一時的な現象とせず、日本は永久に全く軍備をもたぬ国家―それのみが真の平和国家である―として立っていくのだといふ大方針を確立する覚悟が必要ではないかと思ふ。」
宮沢は1945年9月28日、外務省で行った「ポツダム宣言受諾と憲法・法令の改正の要否」という講演で、軍隊の解消に伴い、兵役の義務、戒厳、非常大権を定めた条項は存在の理由を失うと述べるにとどまり、憲法改正不要の立場であった。これからすれば、宮沢は重要な転向・前進といえるのではないか。

(4)空隙を埋める主体的努力の実例
 1946年2月13日のGHQ草案が出されるまでに、民間草案と言われる一群の憲法改正案がある。
・ 憲法研究会の「憲法草案要綱」はGHQが参考にしたと言われ、軍事関連条項は完全にシャットアウトされている。「労働の義務」条項はあっても、「兵役の義務条項」は存在しない。
・同研究会の有力メンバーであった高野岩三郎の「改正憲法私案要綱」は、天皇制廃止・共和制を打ち出し、軍事関連条項は存在しない。
・自由党の「憲法改正要綱」も軍事関連条項はない。
・日本共産党案の1945年11月11日の骨子には、軍事関連条項は予定されていない。翌1946年6月29日発表の「日本人民共和国憲法(草案)」には、第5条に「日本人民共和国はすべての平和愛好諸国と緊密に協力し、民主主義的国際機構に参加し、どんな侵略戦争をも支持せず、またこれに参加しない」とあるのみで軍事関連条項はない。
 また、「平和国家」への提議も続出した。
森戸辰夫「平和国家の建設」(「改造」1946年1月号)は、「平和国家」には戦争のできない国家と戦争を欲しない平和国家がある。真の平和国家とは、後者でなければならず、「自己の発意と確信において平和を選び、国民の全道徳力を上げてその実現に努力する国家」である。そのためには以下の三つの要件が必要である。①「独立自由の国家」であること。②「平和の追求者しての国家」であること。③「理念的平和主義に留まることなく、実践的方法論的平和主義に進出すること」である。
「平和国家」についての考え方は、1945年9月4日の第88回帝国議会開院式における「平和国家確立の勅語」、1946年1月1日の「新日本建設に関する詔書」にも示されている。とりわけ、1945年9月の「平和国家確立の勅語」と比べると1946年1月1日の「人間宣言」詔書は格段の前進がある。前者においては、単に「平和国家の確立」と「人類文化に寄与」が、謳われていたに過ぎない。後者にあっては、「平和主義に徹し、教養豊かに文化を築き、民生の向上をはかり新しい日本を建設」、「徹頭徹尾、文明を平和に求める決意」、「産業と文運の振興のため、勇気をもって進むこと」、「人類の福祉と向上のため、絶大なる貢献」などが書き込まれている。ここには、わが国一国だけの平和主義の確立だけではなく、戦争放棄の普遍的・人類的課題が謳われていると解することができる。起草者、幣原の思想が示されているのである。

(5)戦争放棄・戦力不保持へ…幣原の寄与
 幣原には、戦争放棄への思想をはぐくむ経歴と実績があったが、それを決定的にした出来事があった。それは、敗戦の日、1945年8月15日の午後、彼が日本クラブで天皇の放送を聞いたあと、帰宅の途次電車の中で起きた出来事である。30代の男が、「自分は目隠しをされて屠殺場に追い込まれる牛のような目に逢わされた。けしからんのは我々を馴らし討ちにした当局の連中だ」と叫び、群衆がこれに呼応するという光景を目撃したことである。
 幣原は「外交50年」(中公文庫)に、この出来事について次のように記述している。「私は図らずも内閣組織を命ぜられ、総理の職に就いたとき、すぐに私の頭に浮かんだのは、あの電車の中の光景であった。これは何とかしてあの野に叫ぶ国民の意思を実現すべく努めなくちゃいかんと、固く決心したのであった。それで憲法の中に、未来永劫そのような戦争をしないようにし、政治のやり方を変えることにした。つまり戦争を放棄し、軍備を撤廃して、どこまでも民主主義に徹しなければならんということは、他の人は知らんが、私だけに関する限り、前に述べた信念からであった。それは一種の魔力とでもいうか、見えざる力が私の頭を支配したのであった。」。
 幣原は、日本国憲法制定後、繰り返し、以下の原稿を用い、国民に9条への理解と賛同を求めている(幣原平和財団編「幣原喜重郎」)。
「我国が対外関係において執り来たった行動を、冷静に、客観的に顧みてみまするならば、遺憾ながら正しい道筋を踏み誤った事実を認めざるを得ません。・・・・として自ら省み、己を攻め、如何に辛い試練でも耐え抜く決心を固めております。この自己反省のない処に不平や煩悶が起こるのであります。・・・・新日本は厳粛な憲法の明文を以て戦争を放棄し、軍備を全廃したのでありますから、国家の財源と国民の能力を挙げて、平和産業の発達と科学文化の振興に向け得られる筋合いであります。従って国費の重要な部分を軍備の用に充当する諸国に比すれば、我国は平和的活動の分野において、遙かに有利な地位を占めることになりましょう。」。
 「マッカーサー回想記」には、次のような記述がある。「首相はそこで、新憲法を書き上げる際にいわゆる「戦争放棄」条項を含め、その条項では同時に日本は軍事機構は一切持たないことをきめたい、と提案した。そうすれば、旧軍部がいつの日かふたたび権力を握るような手段を未然に打ち消すことになり、また日本にはふたたび戦争をおこす意志は絶対にないことを世界に納得させるという、二重の目的が達せられる、というのが幣原氏の説明だった」。
 さらに、幣原の憲法9条に対する考え方について秘書官であった衆議院議員平野三郎の「平野文書」に次のような幣原との問答の記述がある。
問 「かねがね先生にお尋ねしたいと思っていましたが、幸い今日は御閑のようですから是非うけたまりたいと存じます。実は憲法のことですが、私には第9条の意味がよく分かりません。あれは現在占領下の暫定的な規定ですか、それなら了解できますが、そうするといずれ独立の暁には当然憲法の再改正をすることになるわけですか」
答 「いや、そうではない。あれは一時的なものではなく、長い間僕が考えた末の最終的な結論というようなものだ。」

(6)まとめ
 戦後の民衆レベルでの戦争と軍への嫌悪の情と、平和の到来を歓迎し、二度と戦争を引き起こさせたくないという心情が、平和主義国家建設の勅語やGHQが次々と打ち出す民主化指令を触媒として、無意識下において成長し、次第に戦争と軍備の放棄の意思へと化学変化を起こして行った。
 それは、民間憲法草案、幣原と昭和天皇のコラボによる「人間宣言」詔書、1946年1月24日の幣原・マッカーサー会談、政府における憲法問題調査委員会での軍事関連条項削減の議論と試案作成、当時の憲法学の第一人者宮沢俊義の「転向と前進」などへとさまざまな形をとって、GHQ草案と政府の「憲法改正草案」へと流れ込み、やがて来るべき第90帝国議会における歴史上類を見ないほどに自由闊達な討議と制定後の政府の新憲法キャンベーン、さらには戦後史を彩る国民的実践活動を通じて、日本国憲法第9条が国民的に受容されて行くことになる。幣原は、その流れをひと押ししたに過ぎない。しかし、そのひと押しは決して無視されてはならない。

2017年8月 6日 (日)

2017年7月 月例会・公開講演会の報告

Dsc05882 2017年7月24日、くらし学際研究所は神戸市勤労会館で、公開講演会を開いた。演題は「大阪市交通局民営化から考える交通政策」である。講師は、NPO法人KOALA理事の池田昌博さん。最初に、当研究所代表世話人である西澤信善さんから、挨拶と講師の紹介があり、川口稔さんの司会で池田昌博さんの講演が始まった。
 池田さんから送られてきた「講演メモ」を以下に掲載する。

<講演メモ> 池田昌博
1. 大阪市交通局「分割民営化」に関する論点

 大阪市交通局は地下鉄とバス路線網で構成されてきた。もともとは、大阪市内に張り巡らされた路面電車網が、戦後、幹線網が地下鉄、支線網がバス路線に転換されてきたものであり、大都市を支える一つの交通システムであったことを認識すべきである。今回の交通局民営化論議は、地下鉄事業、バス事業を別々に論議し、その前提となる交通政策や都市政策が論議から除外され、交通局の経営形態のみを論議してきたことに最大の問題があると考えている。

 更に、戦前、市電網を整備した第2代大阪市長鶴原定吉は「市街鉄道のような市民生活に必要な交通機関は、利害を標準に査定されるものではなく、私人や営利会社に運営を委ねるべきではない。」と主張していたことも忘れてはならない。

 一方、民鉄を地下鉄線に乗り入れさせない「モンロー主義」が民鉄との運用連携を阻害してきた。ここは東京の地下鉄網とは大きく異なる。民鉄の地下鉄網乗り入れは堺筋線が初めてであった。

 NPO法人KOALAは、このような基本認識のもと、現場実態を確認しながら利用者目線で大阪市交通局のあるべき姿を論議し、大阪市交通局に多くの提言を行なってきた。
  提言書は、https://drive.google.com/file/d/0B6XHc5hFxIkAU002MkhaNVV5cmc/viewをご覧ください。

 私どもの考え方は、事業形態の論議よりも、先ず、この「あるべき姿」や大都市に相応しい交通サービス、交通政策を利用者、事業者、行政が一体となって論議しようというものであった。確かにここ数年の間の交通局の事業改革は成果をあげてきたが、1台2000万円もするが、利用者が極めて少ない赤バス(コミュニティバス)、利用しづらいバスダイヤなど利用者目線から改善提案すべき事項も多くあったと考えている。ただし、赤バスの廃止に当たっての論議の中で「コミュニティバスの問題は区単位で考えよ」と市側が主張したことは、交通が地域間を結ぶネットワークであることや区の財源を考慮すれば無理なものであった。

 今回、大阪市交通局は地下鉄、バス事業が、それぞれ大阪市が100%の株式を保有する株式会社となるが、今後の問題点は以下のとおりである。

(1)交通格差拡大とバス事業の持続可能性
 公共交通の事業撤退は2000年の規制緩和以降、原則的に届出だけで可能である。規制緩和により全国のバス路線は年間2000kmのペースで廃止されてきた。現在、JR東海によるリニア計画が推進される一方、JR北海道の約半分の路線廃止が論議の土俵に乗っている。また、既に全国のバス事業者の7割は赤字である。

 公共交通の社会的な役割を評価せず、事業本体の採算のみで事業の継続性を判断するならば、大阪市内のバス路線は公的支援が切れる10年目以降に多くの路線で存廃論議が発生する。大阪市交通局のバス事業は路線やダイヤの見直しなどにより現在は辛うじて黒字ではあるが、今後の事業収支は極めて厳しい。路線やダイヤの見直しはサービスの劣化にも繋がる。

 この一方、地下鉄事業は既に公企業としての経営効率化が進んでいるため、経常利益が年間300億円以上の高収益事業となっている。民間企業としての決算方式の導入により、更なる好決算も予想される。

 この結果、JR分割の構図(JR東海、JR東日本とJR北海道、JR四国との経営格差)が大阪の地下鉄事業とバス事業で再現されることになる。30年前のJR分割論議では「机上論理で問題は置き去りにされてきた、本州3社以外は黒字とならないと誰もが考えていた」との趣旨で麻生副総理が国会で発言していることも忘れてはならない。

 この観点から考えると、どうしても事業民営化に目線がいきがちな今回の大阪市交通局の民営化論議の本質は地下鉄事業とバス事業の分割にあると考える。

 欧州の民営化(コンセッション方式等)は、ユニバーサルサービスの維持が契約の条件にあり、住民サービス(交通ネットワーク)が削減されることはなかった。株式が公開された場合は、新会社は株主のニーズ(配当・株価)に向くことになり事業者は不採算路線(バス路線)の切捨てが求められる。当面は大阪市が地下鉄会社全株式を、バス会社株の一部を地下鉄会社が保有するが、株式が公開され、外資や投資ファンドに大量保有されることとなれば、大都市機能、市民や来訪者の移動が阻害されることになる。特に、障がい者や高齢者等交通弱者への影響は図りしれない。株式の公開については極めて慎重な対応が求められる。

(2)バス事業と地下鉄事業の一体的ネットワークの維持、経営の推進
 大阪市交通局の公共交通ネットワークが、バス事業と地下鉄事業に経営分割されるが、不十分ながらも一体であった地下鉄とバスのサービスが維持されるかという懸念がある。バスと地下鉄の乗り継ぎ割引サービスの継続、利便性の高い接続ダイヤの実現が可能であるかが課題である。今回の経営スキームではバス会社に地下鉄会社が出資するが、このスキームのなかで経営の効率化と利用者サービスの維持、向上が同時達成できるか、随時、利用者の目線でチェックする必要がある。

(3)「都市交通局」の役割は「行政、市民、事業者による三位一体」による交通まちづくり
 新設される交通政策部門「都市交通局」は現大阪市交通局が担当する地下鉄、バス事業だけでなく、JR、民鉄、民間バス事業者の総合調整を図り、誰もが安心して便利に利用できる都市交通を利用者、事業者と一体となって確立させる責務がある。質の高い交通サービスは大都市政策、「都市格」(都市の品格)向上に必須であり、行政には使命感を持った対応が求められる。(欧州、ソウル市)
 キーワードは「行政、市民、事業者による三位一体」と「近者説遠者来」であると考えている。
 「近者説遠者来」とは住む人(市民)が喜ぶようなまちは来訪者にとっても魅力的でありまちが賑わうという孔子の言葉である。観光戦略へのキーワードでもある。

(4)個別課題
・8号線の延伸は、事業採算性が厳しく中止の方向であるが、地下鉄に代替する新交通がBRTを計画するならば料金やダイヤ編成は地下鉄路線の一部であるべきである。
・交通はネットワークであり、近隣で接続しない千日前線南巽と谷町線平野の結節は必要である。
・中央線延伸は最優先課題ではない。
・「岸里、天下茶屋」は「西梅田、梅田、東梅田」と同様に「同一駅」扱いが必要である。既に東京メトロと都営地下鉄では事業者の壁を越えて、初乗り運賃二重負担の回避を検討開始している。
   
なお、論議のなかで使われる数字については専門家の協力を得てしっかりと検証する必要がある。
・民営化による大阪市の「増収額」は年間100億円ら40億円に減少した。 (地方交付税が減少)
・減価償却方法は一般企業会計と同一であるか。(過大償却の可能性?)
・隠れたコストなないか。

(ここまでは、添付の「ikeda_report.pdf」をダウンロードをご参照ください。)

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2.神戸市のLRT計画について

先ず、総論として過度のクルマ社会を是正し、人間中心のまちづくりの装置としてLRTを神戸市が検討に着手したことは歓迎する。クルマ社会は今までは経済成長を支える骨格であったが、その弊害は大きかった。

主な弊害と問題点としては、

・道路から人間が追い出された。(歩道橋)
・交通戦争(死者は減少したが・・・・・)
・道路公害(長期裁判の後、住民側勝訴)
・地域環境問題から地球規模の環境問題に
・エネルギー問題(資源の枯渇)
・中心市街地の衰退とロードサイドビシネスの発展
・超高齢者社会の到来と買い物難民の増大
・直接費用、社会的費用の巨大化
・大規模災害時のリスクマネジメント

 過度なクルマ中心の社会からの転換、エネルギー環境問題、高齢化社会の到来、免許取得率の減少などからLRTは都市交通政策の一つの解決策であると考えている。世界的に見ても都市魅力を評価される都市にはLRTなどの路面交通が都市の装置として敷設されているが、ただ、クルマ社会を批判するだけではLRTなどを活用した公共交通優先のまちづくりは実現しないとも考えている。クルマ利用者に不便を強いるのでなく、誰もが楽しく移動できる仕組みが必要であり、このためにも、LRTが選択肢の一つであると説明していく必要性が求められる。

しかし、これはあくまでも机上の総論であり、それぞれの都市が都市計画、総合的な交通政策の確立を明示し、市民合意を得ていくことが大前提となる。定義はまだ不明確ではあるがBRTという選択肢もある。

 神戸市では本来ならばキャッシュフローベースで赤字である地下鉄湾岸線がLRTに相応しい路線であったと考えている。少し前にJR和田岬線の廃止計画が表面化したが、この路線は、本来は通勤時間帯だけでなく終日、運行されるLRT路線であってもよいと考えていた。中間地点に病院もある。

 LRTは現在、国が多くの補助政策を構築してきているが、各地で、総論賛成であっても、各論では論議が前進していない。路線の選定や道路空間の再配分が前提となるためクルマ社会のあり方についての論議も必須である。

 世界で注目されるのはフランスのストラスブールであるが、女性の社会党市長トロットマンが保守系の反対派と対峙し奮闘した。しかし、保守系の市長となると社会党が路線の延伸に反対する。LRTはその必要性の論議ではなく、政治の道具にされてきている。札幌や宇都宮でも同様の事態を招いていた。

 神戸市のLRT構想は、現段階ではトップダウン方式ではあるが、住民参加を前提に論議していけばよいと考えている。いずれにしても、クルマ派や沿線の説得が大きなハードルであるし、地下鉄やバス事業とどのように整合させていくかが課題となる。

3.地域公共交通に関する税投入について

 少子化や過度のモータリゼーションの進展は、事業経営を悪化させ、地方公共交通の維持を困難なものとしている。一方、地域公共交通は地域社会を支える社会的共通資本(都市の装置)であり、住民のモビリティを確保することが「公」の責任とする考え方が提唱されている。この考え方を法制化したものが、交通政策基本法(2013年制定)である。法制化の目標であった人の移動に関する権利、交通権には触れていないが、先ずは超党派(賛成多数)で成案となったものであり一定の評価をしている。
 わが国の公共交通は、世界でも奇跡的といえる「黒字」事業運営を成立させてきたが、公共交通の運営、維持は「公」の役割であり、単に事業そのものを単体で赤字、黒字で評価する時代は終焉したといえる。効率的な経営維持を前提に、社会的役割を評価したうえで、財政負担を判断した上で、適切な公的資金投入を検討するべきであると考えている。

2017年6月 8日 (木)

2017年5月 月例会・公開講演会の報告

Simg_1979 2017年5月29日、くらし学際研究所は神戸市勤労会館で、公開講演会を開いた。演題は「なぜ野党は勝てないのか どんな経済政策を打ち出すべきか」である。講師は立命館大学経済学部教授松尾匡さん。司会は当研究所世話人の垂水英司さん。垂水さんは、当研究所は時の話題についてタイムリーに講演会を開催してきました。本日のテーマも、国民の中には、「反対の世論が多いのに何故、自民党と安倍政権の支持率が高いのか」という疑問に答えてくれ、すっきりして帰れる内容の講演会になるものと期待しています。とあいさつして、講演会を開始した。
講師の松尾 匡さんは、バブル時代にバブルとは縁のない貧乏な院生として神戸大学の大学院で、置塩 信雄先生の指導を受け、置塩先生の退官後は中谷武先生の指導を受けた。神戸には縁があります、などと述べて演題に入った。
松尾さんは、マスコミの世論調査や政府の統計など多彩なデーターを駆使して講演を進めて行った。松尾さんの講演の大要は以下のような内容であった。

1.世論とかい離、でも安倍内閣の支持率は高い
 2017年5月20日~21日に実施されたテレビ朝日の世論調査では、安倍内閣の支持率は46.4%で、不支持率は32.4%である。同調査での政党支持率は自民党が内閣支持率とほぼ同率の45.5%、民進11.9%、公明3.8%、共産4.8%、維新1.9%、社民党1.9%、自由党1.0%、支持なし、わからない、というのが28.9%、となっている。
 内閣支持率と共に、安倍内閣が進めている共謀罪法案(テロ等準備罪法案)への賛成は32%、反対が36%。森友国有地売却問題の国会での解明は引き続き必要と思わない23%、思う65%、と具体的問題では内閣の方針を支持していない。
 2016年11月5日、6日、同年12月3日、4日にJNNが実施した世論調査がある。まず、11月5日、6日実施の世論調査では安倍内閣の支持率は、支持が56・6%、不支持40.9%である。ここで、具体的問題として、「駆けつけ警護」などの新任務は反対54.0%、賛成34.0%、山内農水相の進退は、辞任すべきだ59.0、辞任する必要ない30.0%、となっている。
 同年12月3日、4日実施の世論調査では安倍内閣の支持率は61.0%、不支持31.6%である。ところが、具体的問題では、年金制度改革法案を評価しますかにつては、評価しない55%、評価する31%、カジノ法案成立に賛成しますかは、反対55%、賛成24%、である。
 以上見たように、国民世論は安倍内閣が進めている具体的施策については支持しないというのが過半数である。安倍内閣の支持率は個々の具体的問題への世論の動向とはかい離しながら、異常に高い浮き草的なものになっている。

2.2016年参院選での世論調査で浮かび上がってきたもの
 2016年6月22日公示、7月10日投開票で参院選があった。日本経済新聞が6月22日、23日に参院選序盤情勢調査を行っている。
 日経によると、選挙で重視する政策は「年金など社会保障」が35%、「景気や雇用」21%、「改憲」9%である。これより前、参院選前の6月4日、5日に朝日新聞が実施した調査でも「社会保障」53%、「景気雇用」45%、「憲法」9%、などとその傾向は同じである。
 これは実際の投票行動とも一致している。同じ参院選の朝日新聞の出口調査では、「景気雇用」30%、「社会保障」22%、「憲法」14%と選挙前と実際の投票行動はほぼ一致している。ちなみに、朝日の調査では比例区で自民党に投票した人のうち、「憲法を変える必要はない」32%、「憲法問題」を最も重視したは、5%に過ぎない。自民党は圧勝したけれども安倍首相の改憲志向を支持しているわけではない。
 次に、若者は右傾化しているといわれるが、参院選での共同通信の出口調査がある。これによると、18歳、19歳の有権者の比例代表区投票先は、自民党40.0%、民進党19.2%、公明党10.6%、その他政党(無回答含む)30.2%、となっている。憲法改正の是非を聞くと、全体が「改憲必要ない」26%、「改憲必要」22%であるのに対して、10代有権者では「改憲反対」47.20%、「改憲賛成」46.80%、と反対はわずかに上回っているに過ぎない。また、日本テレビの出口調査では、10代が重視した政策は「景気雇用」対策が断トツの29.6%、以下「教育政策」13.9%、「改憲」12.5%、などと続いている。次いで、アベノミクスの評価について18歳、19歳に聞くと、「評価する」53.7%、「評価しない」39.0%、と若者は高い支持である。すべての年代を併せると「評価する」は「評価しない」をわずか2ポイントうわまわるだけの差に過ぎない。将来不安の大きい若者層ほどアベノミクス評価が高いということである。

3.アベノミクスで庶民は苦しんでるんじゃないの?なんで?
 日本銀行が毎年4回、3月、6月、9月、12月に実施している「生活意識に関するアンケート調査」の2008年3月から2016年12月分までを見ると、人々の意識が民主党政権時と安倍政権下で変わってきているのが分かる。
「1年前と比べて、今の景気はどう変わりましたか」という設問に関して、民主党政権時(2009年9月分から2012年12月分までの調査)を見ると、政権末期は好転しつつあったが、全体としては「悪くなった」という回答が70%~50%(次いで、「変わらない」が40%~50%程度)、「良くなった」は5%以下である。ところが、安倍政権(2012年12月分から2016年12月分までの調査)では「良くなった」が10%を超える時期もあり、民主党政権より約2倍も増えている。「悪くなった」は30%前後に減っている。「現在の景気をどう感じますか」という問いには、民主党政権時は「悪い」が40%~30%、「どちらかと言えば悪い」が50%強と多いのに対して、安倍政権では「悪い」が10%前後に減り、「良い」が増えている。
 次に、「1年前と比べて、あなたの暮らし向きがどう変わったと感じますか」との問いには、民主党政権時は「ゆとりがなくなってきた」が一番多く、その次は「どちらとも言えない」との回答であり、「ゆとりが出てきた」というのは5%もない。安倍政権になると、「どちらとも言えない」が一番多数で、その下に「ゆとりがなくなってきた」が来る。然し、ここでも「ゆとりが出てきた」は5%少々であり、民主党政権よりわずかに多いだけである。次に、収入について、「1年前と比べて、あなたの世帯の収入はどう変わりましたか」という設問では、民主党政権では「減った」というのが一番多く、「変わらない」というのがその下にあり、末期には接近、交差している。これに対して安倍政権では、「変わらない」が多く、「減った」という回答が減少、下降している。一方、「増えた」との回答は民主党政権でも末期頃は7~8%程度に上昇しており、安倍政権では10%前後へ増加している。更に、「暮らし向きの変化・前年比」で「ゆとりがなくなってきた」と答えた方への質問には、民主党政権期には「収入が減って苦しい」、安倍政権期では、消費税増税によって「物価が上がって苦しい」との認識を示している。
 この日銀の「意識調査」をまとめてみると、有権者は現在、暮らしが楽だと思っているわけではない、しかし、民主党政権時代の暮らしはもっとひどかった、と感じている。くらしの余裕が減った一つの大きな原因は消費増税である。これは、民主党政権が決めたことだと有権者は覚えている。
 そして、英国のEU離脱や、円高・株安での海外要因での経済悪化の脅威や不安を野党があおっても、有権者はなおさら野党に任せられないという気持ちを起こさせているだけである。民衆が、長期不況でどれだけ苦しんできたかを先ず認識しなければならない。

4.「飽食日本」は過去の話
 厚生労働省「国民健康栄養調査」、国立健康・栄養研究所「国民健康の現状」によると、国民のエネルギー、たんぱく質の平均摂取量は低下し続けている。現在のエネルギー摂取量は敗戦後直ぐの値以下、たんぱく質は1950年代初頭のレベルである。「飽食日本」は過去の話である。年代で見ると、20代は厚生労働省基準の摂取量(1,950kcal)に満たず、2011年は1,833kcalまで低下している。総務省統計局「労働力調査」に照らし合わせてみると失業率の改善によって2012年は1,908kcalに摂取量が増えるなど、20代は失業率に連動しているのが分かる。
 大阪府のケースであるが、国立感染症研究所「感染症発生動向調査事業年報」や、e-Stat「新規学卒者(高校・中学)の職業紹介状況」を見ると、「景気が悪くなると身体を売る少女が増える」。警察庁「平成24年の犯罪」ファイル121、総務省統計局「労働力調査」でも同様の傾向である。e-Stat「人口動態調査」、総務省統計局「労働力調査」によれば男性の場合、景気が悪くなると自殺する人が増える。国立社会保障・人口問題研究所、総務省統計局のデーターでは生活保護開始世帯数は失業率に連動し、同時に保護廃止世帯数も連動している。これは、「生活保護世帯の増加」を抑制するために保護を切っているものと思われる。

5.このような国民の状態を民主党政権は救えたか、安倍政権になってどうなったか
 総務省統計局「労働力調査」によれば、リーマンショック後に発足した民主党政権下の2009年当時の雇用者数5,489万人が政権末期には5,513万人と約24万人増えている。2012年末に発足した第2次安倍政権では、2013年以降雇用者数は史上最高値を更新している。2013年5,566万人が2016年は5,750万人と約184万人の増である。これは、自営業者の減でもあるが、就業者全体では1997年の6,557万人が史上最高値であるが、民主党政権では横ばい状態であった(2010年6,291万人、2011年6,293万人、2012年6,279万人)。だが、安倍政権では2013年6,326万人、2014年6,370万人、2015年6,400万人、2016年6,465万人と約139万人も増加している。
 小泉構造改革で行われた労働法改悪の影響などもあり、民主党政権では非正規の職員・従業員は1,700万人台から1,800万人台へと増え続けた。安倍政権における非正規社員は1,800万人台から2,000万人台へと増加している。団塊の世代の大量退職と再雇用・継続雇用や専業主婦が働きに出るようになったのも要因となっている。正社員は民主党政権では減り続けていたが、近年の安倍政権では増加に転じている。
 国税庁の「民間給与の平均」や内閣府の「GDP速報」と総務省統計局「労働力調査」などによると、民主党政権で低迷していた賃金(2012年412万円、2013年409万円、2014年408万円)は、安倍政権になって漸増(2013年413万6,000円、2014年415万円、2015年420万4,000円)している。しかし、厚労省「毎月勤労統計調査」では、実質賃金は民主党政権期から低下し、安倍政権でも低下し続けている。学生にとっては一大事である就職は、厚生労働省「大学等卒業者の就職状況調査」によると、民主党政権期実質就職率は6割少々であったものが、安倍政権になって近年は70%を超すようになっている。
 また、厚生労働省の2014年「所得再分配調査結果」によれば、所得分配後のジニ係数(所得格差の指数)は、民主党政権期わずかに悪化し、安倍政権になってわずかに改善横ばい状態であることを示している。
 以上のようなデーター等から見ると、長期不況と小泉「構造改革」によって、多くの人々が苦しんできたことがわかる。民主党は、これへの批判を背に政権を取ったが、事態を改善させることはできなかった。安倍政権は、わずかに事態を改善させているが、元に戻すには程遠い。それでも、長期不況に苦しんできた人々には希望を与えている。

6.好景気下で解散総選挙、圧勝を狙う安倍さんは本気です
 安倍首相の目標は改憲実現である。戦後民主主義体制に代わる新体制を創ったものとして歴史に名を残すことである。このために改憲のための手段として経済で成功し、選挙で圧勝、公明党にできるだけ依存しない形での議席上積みを狙っている。
 「改憲のための手段」である経済ではあるが、指標の示す数値はほとんどが好調である。内閣府「GDP速報」(2017年1-3月期第1次速報)を見ると景気足踏みの状況になっている。しかし、安倍政権発足直後1年足らずは公共事業の拡大によってGDPは上昇を続けたが、消費税増税と同時に公共事業費を削減したため、GDPは下降し、「第2の矢」(財政出動)の逆噴射によってGDPは落ち込んでいる。実質政府支出の合計と実質GDPのグラフを重ねて見ると、GDPは政府支出の推移をなぞっているのが分かる。これは、東日本建設業保証株式会社サイトの公共事業請負額の増減データーや、国土交通省「建設工事受注動態統計調査報告」などによっても裏付けられる。補正予算執行本格化によって公共事業の実施に伴う実需は着実に増加することは明らかである。
 労働省統計局「労働力調査」によれば、民主党政権末期から4%台と改善の傾向にあった完全失業率は、安倍政権で改善率は3%台まで改善され、2016年の2月、3月の季節調整値は2.8%と1994年以来の数値を示している。賃上げが定着し賃金総額は増加し続けている。厚生労働省「毎月勤労統計調査」では、一人あたりの実質賃金も昨年は増加に転じている。消費需要が増えだす可能性も出てきた。収入増加しても消費は停滞していたが、家計の貯蓄率急上昇は総務省統計局「家計調査」で顕著であったが、これもどこかで上昇が止まって、消費が増大し始めるかもしれない状態にある。
 国土交通省「建設着工統計調査」によると、住宅建設需要は消費増税後停滞期があったものの昨年度(2016年度)あたりから着工新設住宅戸数は増加に転じている。トランプ米政権の通商政策や中国のバブル崩壊のリスクがあるとはいえ、内閣府や日銀の最近の資料によれば、円安で輸出は増大し、2017年5月27日付「日経」では、「国内設備投資伸び最高」などと報じられ、かなりの好景気になることが予測される。
 東京商工リサーチ「全国企業倒産状況」によれば、2016年の倒産件数は過去最低値を更新、総務省統計局「労働力調査」では、「不本意非正規」は減少、失業期間1年以上の完全失業者(長期失業者)も減少している。このように、経済指標は多くの点で好転している。
 そのうえ、米トランプ大統領の「大幅減税、大規模インフラ投資」などの政策によって「ドル高・円安」が進めば、更に日本経済は輸出増、景気拡大となる。もし、トランプ米大統領が「日本が金融緩和で円安誘導して、われわれの雇用を奪っている」と安倍政権に金融緩和を止めるよう圧力をかけたとする。これを野党が喝采して安倍首相を批判・攻撃すれば、安倍首相は「アベノミクス継続」を争点に衆院解散、総選挙に打って出るに相違ない。そうなれば、安倍自民党は大圧勝、野党は壊滅的敗北を免れない。

7.不況を誰が救うか。このことが世界中で問われている
 2012年総選挙、2013年参院選、2014年都知事選など、何度も同じような失敗が繰り返されている。共通点は脱成長、「景気拡大反対」のイメージである。2014年の東京都知事選挙を分析してみると、宇都宮候補と細川候補の支持層に所得による分裂があることが分かる。各市区の「宇都宮得票率-細川得票率」を一人当たり税額で回帰分析してみた結果、強いマイナスの相関が観測された。所得が高いほど細川候補の方が宇都宮候補よりも高く支持され、所得が低いほど宇都宮候補の方が細川候補よりも高く支持されている。この選挙にあたっては、細川候補への一本化の話もあったようであるが、たとえ一本化されても得票率が上がることはなさそうだとわかる。また、人物的にも政策的にも正反対の候補者と思われる宇都宮候補と田母神候補への支持が若者の中には重複、迷いがあったことも報道にあった。
 現在の、世界の選挙に表れている状況の先駆けともいえる都知事選挙であった。不況を誰が救うのかが問われているのである。2016年都知事選で敗北した鳥越候補は、「国民が本当にお腹を空かせているかどうか。そういう国民の実感に基づいて、国民世論というのは形成されている。国民世論は今、安倍政権で良いと思っている。これは何を言ったって変わらないでしょ」と、経済が豊かになり、みんなが満足し始めたとの認識をインタビューに答えている。本当はくらしの苦しい大衆が見えていない発言といえよう。

8.反緊縮は流行だ!
 格差・貧困、教育・医療費、失業、介護などへの緊縮政策を進める新自由主義政党、中道左派、リベラル政党に対する大衆の怨嗟が世界的に強まっている。反緊縮を唱える急進左派の政党や極右政党が支持を高めている。これらの政党・政治家らの経済政策の特徴点を以下に記すと次のようなものである。

(1)トランプ米大統領の選挙政策
 ①伝統的保守派と同じく、「金融緩和はバブルを呼ぶ」と主張
 ②「大幅減税」で伝統的保守派と同様、富裕層、大企業に恩恵
 ③伝統的保守派と異なり、大規模なインフラ投資提唱
(2)ハンガリーのオルバン首相
  人権概念や法治原則を否定して強権支配を進めているが、経済好調で国民から高い支持を得ている。EUと対立。
 ①中央銀行の独立性を否定して金融緩和を推進
 ②インフラ投資などで財政支出拡大
(3)反緊縮を唱える欧米の政治家・政党など
 ①イギリス労働党ジェレミー・コービン党首
  ・イングランド銀行が量的緩和で作ったおカネで、住宅やインフラの投資をする「人民のための量的緩和」を主張。この主張についてはイギリスの「ガーディアン」紙に経済学者が42名連名で擁護の記事。
②アメリカ民主党上院議員サンダース
 ・5年間1兆ドルの公共投資を行え
 ・米中銀「フェッド」は失業率が4%を切るまでは利上げすべきではない
③カナダトルドー首相
 ・3年間で250億カナダドルのインフラ投資
 ④仏大統領選の共産党・左翼党らの共同候補ジャン・リュック・メランション
  ・2730億ユーロの歳出拡大、うち1000億ユーロは景気対策に当てると公約
  ・2012年選挙の公約:欧州中銀が「民主的コントロールのもとで、諸国に対して直接に低い利率で―あるいはいっそ無利子で―貸与することを認め、公債を買うことを認めるよう」求める。
 ⑤オスカー・ラフォンテーヌ(独シュレーダー社民党政権の蔵相。中道路線を批判して辞任、旧東独共産党の民主社会党と合流してドイツ左翼党を結成)
  ・EU条約とドイツ連銀によって、政府へのマネーファイナンスは禁止されたわけだが、欧州中銀はこれを無視するべきではないか。結局のところ、銀行のためのカネはいいカネで、政府のためのカネは悪いカネとされているのはなぜかと聞かれても、その理由は明らかではない。スペインの不動産危機や金融市場のメルトダウンを見ても、銀行が政府よりも賢く資金を扱えるなどとは言えないことが分かる。
 ⑥ベロニカ・ニルソン(欧州労連書記)
  ・欧州中銀の量的緩和声明に対して。「経済政策における歓迎すべき転換があった」「量的緩和だけでは不十分で、決定的に高いレベルの公共投資が必要」と言明。
    ※「欧州労連2014年11.14反緊縮全欧行動」では、南欧5か国でゼネスト。23か国、40ナショナルセンターから数百万人が参加。
 ⑦中央銀行による財政ファイナンスを唱える欧州左翼政党
  ・スペインのポデモス、欧州左翼党、ギリシャ急進左翼連合。
(4)欧米左翼のコンセンサス
  ・財政危機論は新自由主義のプロバガンダである。
  ・緊縮、絶対ダメ。
  ・量的緩和は必要。
  ・現行の量的緩和は、金融セクターに資金を滞らせるだけで、実体経済に回らず、格差を拡大するだけである。
  ・緩和マネーで政府支出を直接ファイナンスし、民衆のために使うべきである。それが雇用を拡大させる。
    欧州社会党、欧州左翼党、欧州緑の党の会派に属する左派系議員18名が、2016年6月、欧州中銀に「ヘリコプターマネー」の導入を検討するよう求める書簡を提出。欧州左翼党とイタリア再建派共産党の6月のコンファレンスでは、①もっとおカネを刷って、雇用を創出するプランに投資せよ、②インフレは全く問題ではない。価値を失うのを恐れて誰もおカネをポケットに入れたままにしなくなるので、おカネが回るようになるからだ。ヒトラーを権力に導いたのはまさにデフレだ。③欧州中銀はおカネを刷って公共サービスに融資すべきだ、となっている。
(5)反緊縮は米国でも
    米国でも、左派系団体「The Center for Popular Democracy」のプロジェクト「FED UP」は、連邦準備制度理事会の利上げ計画に抗議。イエレン議長との面会を実現して、「まだ十分景気回復しておらず、賃金も上がっていないのに、財界の利益のために利上げして、雇用と賃金を危険にさらす」と批判。民主党上院議員サンダース氏は2015年12月23日、「ニューヨーク・タイムズ」への寄稿で次のように述べている。「最近のフェッド(米中銀)による利上げ決定は、この経済システムがよこしま(ウォール街)に操られた最新の例である。巨大銀行家やその議会でのサポーターは、この何年も我々に対して、手の付けられないインフレが今にもやってくるぞと言い募ってきた。だが、いつだってそうなったためしはなかった。今利上げすることは、もっと労働者を雇うためにおカネを借りなければならない零細企業主にとって災難である。そしてもっと多くの仕事と、もっと高い賃金を必要としているアメリカ人たちにとって災難である。概して、フェッドは失業率が4%を切るまでは利上げをすべきではない。
    以上のような、政党や政治家だけでなく、中央銀行による財政ファイナンスや量的緩和と財政拡大の併用を唱える欧米の大物経済学者は多数いる。サイモンド・レンルイス、アナトール・カレツキー、アデア・ターナー、リチャード・ヴェルナー、マルケル・ウッドフォード、ポール・クルーグマン、ジョセフ・スティグリッツ、等々である。
    これらの人々は次のような主張を行っている。「財政再建」など気にするな。財政収支の均衡が目的ではない。インフレの管理ができればよい。目的は、人々のまっとうなくらしである。政府債務の拡大は不況で税収が減ったせいだ。緊縮で不況になれば財政は悪化する。
    実は、日本ではこれらのことは4年前から経験していることである。新自由主義をとってきた自民党が、景気拡大策に転換し、支持を集めている(ただし、実際には途中から緊縮傾向。これからまた転換するだろう)。つまり、欧米の主流派保守と極右の位置が融合した日本の特殊性がある。中道リベラル(民進党など)が衰退し,左派・リベラル側からの明確な反緊縮勢力が見られない(かえって、財政・金融の拡大に反対、消費増税に賛成する党もある)。

9.「財政再建」に縛られた安倍政権の経済政策の弱点
 2016年(平成28年)財務省報告によると、国債および国庫短期証券(T-Bill)は1,090兆9,823億円である。そのうちの37.0%、413兆4,946億円が日銀の金庫で保有されている。次いで、銀行等が22.4%、243兆9,674億円、生損保が19.4%、211兆7,736億円等々が主な保有者である。海外の保有者は10.3%、111兆9.281億円である。
  国債の約4割は日銀の金庫の中にある。期限が来たら政府は「借り換え」するので、返す必要がない。また、日銀に払う利子は日銀から政府に「国庫納付金」として戻ってくる。つまり、その分の国の借金はこの世から消えてなくなるのと一緒である。
 政府が財政出動として国債を発行して日銀に買わせ、完全雇用実現のためなどの資金とした場合、完全雇用経済に対応したおカネの分は返す必要がなくなるわけである。経済規模が金額で成長していくならば、それを回すためのおカネの額も増えていく。これは、返済不要な日銀の国債も増えていく理屈である。
 この理屈で行くと、はっきりわかりやすくするには、日銀保有国債の一部を、無利子永久債に転換することである。経済学者のターナー氏はこのような理屈から、「日銀保有国債の1割、40兆円の借金が消える」という提案を行っている。
 目標インフレ率に達するまでは、中央銀行はどんどんおカネを出し続け、目標インフレ率に達したら、おカネの発行を引き締めるべきである(加熱した経済を上から金融引き締めで抑えるのは経験上簡単)。
 安倍政権の経済政策の弱点は、財政再建路線に縛られていることである。「建設国債はOK、赤字国債はダメ」の原則に縛られている。
 安倍政権は本予算規模を抑制し、そのことによって需要不足になり、景気後退危機に陥り、景気対策として建設国債で補正予算、公共事業を行い、債務拡大ということで、社会保障削減により本予算規模抑制、需要抑制・・・・と同じことを繰り返している。この繰り返しによって相次ぐ社会保障費削減となっている。年金カット、介護保険の自己負担割合を3割に、後期高齢者の医療費自己負担割合引き上げを検討等々である。

10.我々の掲げるべき景気拡大策は「財政再建」に縛られず、もっとド派手にいけば勝てる!
 我々の掲げるべき景気拡大策は、次のことを行う。まず、日銀の作った緩和マネーを①福祉・医療・子育て支援などへの大規模な政府支出に充てる、②これによって雇用を拡大、③消費需要拡大につなげ、④消費財生産拡大(安全な食品、環境にやさしい商品、文化的に質の高い商品やサービス、等々も事業機会を拡大)、そして新たな雇用拡大につながって経済が拡大、循環するのである。医療、介護、教育などの分野は安倍政権が進めている公共事業などの政府支出より、雇用者所得の波及効果ははるかに大きい。
 インフレ目標に達したら、政府支出は増税で賄う。インフレ抑制のために日銀が売った国債は税金から返す。その時になれば、過熱した需要を冷やすために増税は役に立つ。法人税や富裕層への所得税を今のうちから上げておいて、当面は設備投資補助金や給付金でそのまま民間に戻す。景気回復とともに戻す方を縮小するのである。
 ドイツ社会民主党を中心とする連立政権は、均衡財政にこだわって、1930年代大不況を悪化させた。その後政権についたヒトラーは、大規模な公共事業で完全雇用を実現し、支持を盤石にしたことは、我々が心しておくべきことである。 

2017年4月 3日 (月)

2017年3月 月例会・公開講演会の報告

 

2017年3月25日、くらし学際Dsc05898_2研究所は神戸市勤労会館で、公開講演会を開いた。演題は「カジノ(ギャンブル)による地域振興はなぜいけないのか」である。講師は西澤  信義さん(当研究所代表世話人、東亜大学特任教授・神戸大学名誉教授)。司会は当研究所世話人の垂水 英司さん。西澤さんの講演の構成は、「はじめに、1.解禁されたカジノ、2.大阪におけるIR設置の動き、3.ギャンブルが引き起こす三大社会問題、4.カジノ(ギャンブル)の経済学的考察、5.日本はすでにギャンブル大国、6.カジノ戦争、むすび」となっている。西澤さんの講演の大要は以下のような内容であった。

 

はじめに

 みなさんは、ギャンブルに縁のない方々だと思います。私がなぜ、ギャンブルに関心を持つようになったかというと、身近にギャンブル依存症になった人がいるからです、と西澤さんは講演を始めた。この人は、初めての競馬で買った馬券が当たり、いわゆる「ビギナーズラック」がギャンブルにはまるきっかけになり、やがてギャンブル依存症に陥ってしまったようである。

 次に、カジノ(ギャンブル)を地域振興の手段にすることに危機感をもったことである。ホテルや国際会議場、レストランなどをつくる「統合型リゾート」というが、売り上げの80%はカジノである。地域振興に使うのは「カジノ」ということだ。いったん造ると無くすのは大変なエネルギーを要し、不可能だ。

 

1.解禁されたカジノ

 2016年12月15日、「特定複合観光施設区域整備法」(カジノ法)が成立した。刑法185条は「賭博をした者は、50万円以下の罰金又は科料に処する・・・」、同法186条は「常習として賭博をした者は、3年以下の懲役に処する。賭博場を開帳し、又は博徒を結合して利益を図った者は、3月以上5年以下の懲役に処する」、として賭博を禁止している。このように禁止されている賭博を解禁するのであれば国会で相当の時間が必要である。カジノ解禁に反対の意見も多いのにもかかわらず、審議は短時間、形式的な審議で成立させられた。

 統合型リゾートは、一つの区域に集中して観光客を集めるもので、集客のマシーンがカジノである。USJはカジノなしで1000万人以上の集客を示している。カジノ法案が通って、数千億円規模の経済効果があると関西財界は活気づいている。建設業界も色めきだっている。政界、大阪では松井知事、吉村大阪市長、橋下氏らが推進してきたものだ。大阪府と大阪市は住民向けの説明会などを行っている。

 外国のカジノ業者が日本に来て説明会を行い、100億ドル(1兆円)投資、上限を付けない、などと言っている。「カジノは儲かるビジネス」だという。大阪府の松井知事のもとへは、シンガポールのカジノ業者が毎月1回、売り込みに来ている。

 カジノについて、一般の人はどう見ているかというと新聞社等の世論調査では次のように健全な判断をしている。

 2014年の朝日新聞ではカジノ解禁に賛成が30%、反対が59%。毎日新聞では賛成31%、反対62%、である。2016年12月のNHKの調査では、賛成12%、反対44%、になっている。いずれでも、女性の反対が多い。

 

2.大阪におけるIR(Integrated Resort)設置の動き

 2016年12月、大阪府と大阪市は合同でIR推進委員会を発足させた。そして、2017年4月から住民向け説明会を開始する。大阪府の説明会で質問をしたところ、府議会の承認が必要であり、その後国にIR設置を申請することになるとのことであった。

 2014年の大阪府の構想では、「万博とカジノ」がセットになっている。大阪湾の人口島・舞洲が行政的にもお荷物になっており、そこへ「万博とカジノ」を誘致・開催するという。従来から関西経済同友会が熱心で、プランを発表している。ここへきて、関経連も万博誘致の話で動き出した。大商はカジノは胴元が儲かるだけで、府民が窮乏化する、と今でも慎重姿勢を変えていない。

 

3.ギャンブルが引き起こす三大社会問題

 厚生労働省の推計では、病的ギャンブラー(依存症)は536万人にのぼる。成人の4.8%と日本は異常に高い(米国1.58%、韓国0.8%、香港1.8%、など世界平均は1%程度)。しかもそのうち30歳代前半の働き盛りで、男性17.2%、女性5.3%と非常に高い。家庭不和、離婚、失業、休業、金を失う、など、ギャンブル依存症は「不幸のデパート」と言われる。また、自殺の傾向が30%あると言われるがギャンブル自殺者はほとんど報道されない。薬物依存者はマスコミなどで盛んに報道され、たたかれているが、ギャンブル依存者については報道がそれほどでない。

 ギャンブル依存症の特徴は、①ギャンブルへの渇望、②離脱症状、③頻度(ギャンブルの回数増、賭け金増など)、④借金増(親や肉親だけでなく、サラ金からも)、⑤嘘をつく(負けたことは否認)、⑦ギャンブル以外関心低下(炎天下の車中に子どもを放置)、⑧薬効なし、などである。ギャンブル依存症のメカニズムは、快楽によりドーパーミンが放出されるが普通であればブレーキがかかるのが外れた状態になり、自制が効かなくなる。

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 脳科学者の興味深い研究事例がある。「スキナーの箱」実験例がある。2羽のハトにスイッチを押せば毎回餌をもらえるのと、時々しか餌をもらえない実験を行う。そして、スイッチを押しても餌がもらえないようにすると、毎回もらっていたハトはいったん餌やりを止めたことでもうもらえないとあきらめるが、時々しかもらっていなかったハトは次はもらえるものと思い、やり続けるというのである。ギャンブル依存症の特性もこの仕組みで説明できる。ギャンブル依存症は自分の意思では止められず、脳の機能が麻痺してしまっているのである。

 次に経済的破綻が様々な不幸を生み出す。大王製紙の前会長井川意高氏はギャンブル依存症で、106億8千万円もの損失をだし、子会社から金を引き出すなど「背任罪」に問われ、刑事罰を受け服役した。彼はカジノで勝率50%という偶然性の高いバカラにはまり、必ず胴元が勝つ仕組みに落ち込んでしまった。彼は会社役員でカジノのVIPであるが、小口の賭け金で興ずる競艇場は労務者たちで殺伐としている。たまに勝つことがあっても「競馬や競艇で家を建てたやつはいない」という格言を思い知るべきである。後を絶たない経済的破綻者が様々な不幸を引き起こしている。

 風紀の乱れと治安の悪化も問題である。カジノは青少年への悪影響が心配であり、やくざとヤミ金が「マネーロンダリング」を行うのではないかとも言われている。マカオなどでも中国での不正・腐敗の追及が厳しくなったことによって、カジノの売り上げが減ったといわれている。いわゆる「タチ」の悪いマネーが流入しているということである。大阪をマカオ、ラスベガスにするなと言いたい。都市には品格が必要だ。

 

4.カジノ(ギャンブル)の経済学的考察

 市場に任せておけば外部に負の影響を与える公害等は市場の失敗である。法律による規制が必要であり、市場に介入することが合理化される。法律による禁止は最高度の市場介入となる。

ギャンブルは負者から勝者へ金を巻き上げるものであり、対価がない。付加価値を生まず、人の不幸の上に幸せを築くものである。カジノにおける5000億円の売り上げと言ってもそれは業者による「巻き上げ」であり、運営業者を儲けさせるだけであり、付加価値を生まない。一方の得は一方の損に過ぎない。

カジノは「需要剥奪効果」(西澤造語)がある。パチンコやその他の娯楽遊興などカジノと競合する業種や非競合の飲食業などから需要が吸い取られてしまう。また、分散していた需要がカジノに集中して負の影響を受ける業種、産業、地域が出てくる。

 

5.日本経済とギャンブル

日本は既にギャンブル大国である。ギャンブル支出は23兆円で国の税収約50兆円の半分に達する。そのうち19兆円がパチンコでその他が公営の競馬、競輪、競艇、オートレースなどである。医療費は年間40兆円であるからその半分がパチンコの売り上げ。パチンコが1日当たり500億円、医療費が1000億円ということになる。

日本経済はギャンブルに巨額を投じる余裕はない。地方の衰退は著しい。地方の私立大学は学生が集まらず、定員割れで経営も苦しい。ギャンブルに向かうカネの流れを変える必要がある。それは、政治の課題だ。ギャンブルは党派的な問題ではない。

ノーベル賞の賞金額は1億円、大王製紙の井川氏がカジノで浪費した金額は約107億円、有用な使途はいくらでもある。京都の堀場製作所の社長はベンチャー企業の支援にお金をつぎ込んでいる。社会に有用な投資である。IPS細胞による医療の発展は患者に福音を与えるだけでなく、NHKの報道では2050年には38兆円規模にもなるという莫大な成長産業である。

農業を活性化しないと地方は活性化しない。太陽光パネルを全戸に設置するのは18兆円で済むという。インフラ更新などにお金を回すべきである。

ギャンブルに頼った地域開発は危険である。韓国・江原(カンウォン)の惨がある。もとは産炭地でカジノを誘致して地域おこしを図った。韓国人が唯一出来るカジノ場である。税収増はあったが、人口減、質屋増、ホームレス増となった。誘致前の人口5万人(00年)が3.9万人(14年)に減少した。カジノで損をした客が自動車を売って賭け金にするため中古自動車販売店も増えたという。ギャンブルに頼らない地域開発を行わないといけない。

 

6.カジノ戦争

1840年~1842年の清国と英国とのアヘン戦争当時のアヘン中毒者は400万人と言われる。現在の日本は536万人のギャンブル依存症がいる。アヘン戦争当時、大阪では1837年に大塩平八郎の乱があった。大阪におけるカジノ反対の闘いは「第2次アヘン戦争」ともいうべき意義がある。大阪でカジノ誘致を阻止すれば全国への波及を止めることができる。大阪と同様にカジノ誘致に熱心であった横浜市は現在市長選挙を前にトーンダウンしているようである。しかし、大阪財界の中心である関経連が誘致に動き出している現状で、大阪は楽観視できない。

自治体の使命は住民の生命・健康・財産を守らなければならない。ギャンブル依存症はそれをすべて失うことになる。

また、1500万人の集客をもくろんでいるうちの700万人は外国人であり、ターゲットは中国富裕層である。富裕層と言え,中国人観光客からお金を巻き上げるというのは「おもてなし」ではなく、ましてや日中友好にならない。中国人観光客をインバウンド観光に誘引することこそ真の「おもてなし」であり、地方の活性化につながる。

 

むすび

大阪を賭博の都、「博都(はくと)」にするな、といいたい。「カジノにいつ反対するの」、「今でしょう!」。

2017年2月 6日 (月)

2017年1月 月例会・公開講演会の報告

 

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2017年1月30日、くらし学際研究所は神戸市勤労会館で、公開講演会を開いた。演題は「国家資本主義中国の生命力とゆらぎ」、副題は「日中戦争開戦80周年を迎えて」である。当初案内の演題、「習近平の中国―『中国資本主義』をめぐる最新の議論から」を改題して行った。講師は山本恒人さん(大阪経済大学名誉教授)。司会は当研究所世話人の垂水英司さん。開会に当たり、くらし学際研究所代表世話人の西澤 信善 東亜大学教授(神戸大学名誉教授)は、「山本さんは日本における中国研究の第1人者」と紹介した。
 山本さんの講演内容の大要は以下のような内容であった。

 「中国は一応社会主義国じゃないの?」と驚く方もいるかもしれないと、山本さんは演題で中国を、「国家資本主義」と規定づけていることに関連する前提問題として次のような補足説明を行った。

日本の研究界の現状は、社会主義の理論研究、その議論全体が低迷している。ソ連・東欧の「社会主義体制」崩壊後、「社会主義経済学会」は「比較経済体制学会」へ移行した。中国「社会主義」説に立つ研究者は全く少数派となっており、今では、井手啓二(長崎大学名誉教授)、荒木武司(大阪教育大学名誉教授)ぐらいである。

 社会主義の現状と展望に関する積極的提言・発言を行っているのは政党の日本共産党ぐらいである。日本共産党中央委員会のホームページから、2014年開催の26回大会決議を引用すると次のようなことなどが記されている。

中国やベトナム、キューバの現在と今後は、「”社会主義に到達した国ぐに“ではなく、”社会主義をめざす国ぐに“-「社会主義をめざす新しい探究が開始」(綱領)された国ぐにだということである」。「中国の場合、社会主義という以前に、社会主義の経済的土台である発達した経済そのものを建設することに迫られているのが現状」。「そうした経済的土台をつくる過程で、中国は市場経済を導入している。この道が合理性をもっていることは、「改革・開放」以来の中国の経済的発展が証明しているが、同時に、この道を選択すれば、国内外の資本主義が流入してくるし、そこから汚職・腐敗、社会的格差、環境破壊など、さまざまな社会問題も広がってくる。そこには「覇権主義や大国主義が再現される危険もありうるだろう。そうした大きな誤りを犯すなら、社会主義への道から決定的に踏み外す危険すらあるだろう。私たちは、”社会主義をめざす国ぐに”が、旧ソ連のような致命的な誤りを、絶対に再現させないことを願っている」。

このような前提の話から入って、山本さんは、Ⅰ.中国資本主義;2つの視点 1.中国資本主義の一般分析;先進国化(ゼロ成長)予測、Ⅱ.中国における政治と経済の課題をめぐって 1.投資依存型成長の限界;メダルの表裏の相関分析、2.「官本位」体制の進展―腐敗の源、3.薄熙来事件が示唆するもの、Ⅲ.中国における社会の役割 まとめ、と筋立てをして話を進めて行った。

Ⅰ.中国資本主義;2つの視点

1.中国資本主義の一般分析;先進国化(ゼロ成長)予測

(1)2033年にゼロ成長(先進国化)

大西 広 慶應義塾大学経済学部教授の経済モデルは、「マルクス派最適成長モデル」(成長率の低下と対GDP投資比率低下の必要性を法則として論じる最適成長モデル)である。それによれば、「一人あたりの資本ストックには、ある『最適値(K/L)』があり、そこに到達して以降は蓄積が停止される」、すなわち「定常」均衡=成長率ゼロ状態となる。現在の先進諸国が到達している段階である。

大西氏は、中国経済に即して膨大なデータを駆使して計測、推計した結果、中国の「定常」到達の経路は「2033年のゼロ成長に向けて中国経済は徐々にスピードを落とす」形になることを明らかにした。2033年には中国のGDPは現在の日本の5倍、一人当たりGDPは現在の日本の半分に到達するという。

山本さんは、大西モデルを次のように図解して説明した。

中国の現在のGDP総額=11兆ドル(2位)   ⇒20兆ドル

日本の現在のGDP総額=4兆ドル(3位)

アメリカの現在のGDP総額=18兆ドル(1位)

中国の現在の一人当たりGDP=8,140.98ドル(76位)  ⇒16,000ドル

日本の現在の一人当たりGDP=32,478.90ドル(26位)

アメリカの現在の一人当たりGDP=56,083.97ドル(7位)

(2)中国資本主義は正真正銘の資本主義

大西氏は、「中国資本主義は正真正銘の資本主義」という。その意味は第1に、「旧ソ連・東欧・毛沢東時代の中国」は「国家資本主義」である。これは、大西氏自身も加わった1990年代の理論的検証結果を踏まえたものである。第2に、1978年以降の「鄧小平の中国」の改革によって、中国は私的資本主義の時代に入り、現在では国有企業群をベースに国家独占資本主義段階を迎えた、という認識である。このキーワードは「成長の減速」である。通常、これは開発経済論の世界で「中所得国の罠」として論じられている。技術革新や生産性の停滞、資本―労働構造をはじめ市場の機能低下、経済格差の拡大、腐敗現象の表面化と政治的対立といった多様な成長阻害要因が、開発途上国から中所得国に移行した諸国に、持続的成長への「壁」として立ちはだかっているのである。

(3)「新常態」は本質的な構造転換であり、「経済的な揺らぎ」をもたらし、「政治的な揺らぎ」を生み出す

 大西氏は、中国における「新常態」を本質的な構造転換と捉えている。「新常態」とは、習近平総書記が2014年5月に河南省を視察した際、「我が国は依然として重要な戦略的チャンス期にあり、自信を持ち、現在の経済的発展段階の特徴を生かし、新常態に適応し、戦略的平常心を保つ必要がある」と語った。これ以来、中国経済を議論するときのキーワードとして使われるようになった。

 2014年11月、北京で開催されたアジア太平洋経済協力会議(APEC)で、習近平は、中国経済の新常態の特徴として、①高度成長から中高度成長に転換していること、②経済構造が絶えず最適化・グレードアップしていること、③(成長のエンジンが)労働力、資本といった生産要素の投入量の拡大からイノベーション(技術革新)に転換していること、を挙げている。

 大西氏は、中国のこれまでの高成長を支えた「投資依存型」成長は限界に達しており、安定的成長(中成長)を実現するためには「消費型依存」への転換は不可避である。既存の構造を支えた諸関係は当然にも大きな変更が求められる。その関係のあり方の変容は、政府間(中央内部・中央地方・地方間・地方内部)、政府・官僚と企業、独占企業と非独占企業や民間企業、企業内部や労使関係、すなわち政府・企業・社会の諸関係全般に及ぶ構造転換である。このような経済モデルの本質的転換は経済諸主体の利害の対立や調整を不可避とし、新たなモデルの追求とそれをめぐる競争や妥協が「経済の揺らぎ」をもたらし、経済構造の転換が社会構造の転換を促す過程で生まれる軋轢や闘争や妥協が「成治の揺らぎ」を生み出しているのである。

 資本の自己増殖の長期停滞、生産拡大へのインセンティブの消失、これは資本主義の制約を本質的に示す現象である。「資本主義が終わりに近づきつつある」という水野 和夫 日本大学教授は、中世後期17世紀初頭にジェノバで記録された最低利子率は、日本の長期利子率(10年物国債利回り)が400年ぶりにその記録を塗り替え、日本経済はその後ゼロ金利状態に至っている。そして、先行する日本に先進資本主義国も追随しているのが現状である、と言っている。その意味で、リーマン・ショック後の世界経済をいわばリードしてきた中国資本主義でさえも、ゼロ成長に辿りつかざるを得ないという大西氏の測定は重要な意味を持っている。

2.中国資本主義の生命力・「曖昧な制度」

 加藤弘之神戸大学元教授(2016年8月30日没)は、中国型資本主義について次のように特徴づけている。①激しい市場競争の存在(中国国内において)、②国有と民有が併存する混合体制の存在、③企業のように競争する地方政府と官僚、④利益集団が形成される中で生じた腐敗と成長の共存、である。

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そして、中国資本主義に生命力を与えている「曖昧な制度」について次のように定義している。それは、「曖昧さが高い経済効果をもたらすように設計された中国独自の制度」をいう。つまり、「中国では制度移行に伴う一時的な制度の併存や重複を利用するだけでなく、『曖昧さ』を意識的に温存し、積極的にこれを利用することで、組織や規則に縛られることなく、個人が自由に意思決定できる範囲を広げ、機動的、効率的な制度運用を図るという『曖昧な制度』が存在するのである。加藤氏は、自らが「曖昧な制度」と名付けたこの独自な制度の優位性によって、中国型資本主義は当面は存続することになると結論付けている。

 加藤氏は、中国政治学の第1人者である毛里和子早稲田大学名誉教授の「三元構造論」における「国家/半国家・半社会/社会」という規定を評価したうえで、菱田雅晴法政大学教授が規定する「国家・社会共棲の領域」を「国家と社会の間に双方が浸透する」領域として捉え、そのような領域は分離されたものではなく、形成されたものと捉えるべきだと指摘している。「計画でも市場でもない」領域ではなく、「計画でもあるが市場でもある」領域、「都市でもなく農村でもない」領域ではなく、「都市でもあるが農村でもある」領域なのであり、これが加藤氏のいう「曖昧な制度」そのものなのである。

 ソ連崩壊に対する新自由主義経済の「勝利宣言」ともいうべきワシントン・コンセンサス【1989年にアメリカの国際経済研究所(IIE)のウィリアムソンが、最初に用いた言葉。ラテンアメリカに必要な経済改革として、ワシントンを本拠とするアメリカ政府、IMF(国際通貨基金)、世界銀行などの間で成立した「意見の一致(コンセンサス)」を指す】に対する北京コンセンサスがある。これは、崩壊したソ連型でもなく、リーマンショック型の波動にさらされ続ける新自由主義経済型でもないという「中国模式(第3の道)」)の優越性を誇示する考え方である。中国政府は、リーマンショック後に打ち出した経済刺激策等により、他国よりも比較的早期に経済を立て直すことができた。

 加藤氏は、ここにある主観性・独善性を排し、中国資本主義の独自性認識を長い歴史的伝統や広大で多様性に富む国土に規定された「国情」を踏まえつつ、より精緻な学の領域に引き上げようとしていたのであるが、残念ながら昨年亡くなった。

Ⅱ.中国における政治と経済の課題をめぐって

1.投資依存型成長の限界;メダルの表裏の相関関係

 先に見た大西氏の議論には一部問題点が含まれている。問題にされている「投資依存型成長」の限界は、そのメダルの裏側である「消費制約型成長」もしくは「消費圧迫型成長」の内実や表裏の相互関係とともに論じられてこそ、その本質を浮き彫りにすることができる。

 中国のGDP(国民総生産)の需要サイドの4大要素(純輸出、政府支出、資本形成、民間最終消費)の構成比の推移は特徴がある。特徴をまとめると、①2001年WTO加盟からリーマンショック世界不況までの中国の高度経済成長は、「資本形成=投資」と「純輸出」が主導したが(輸出主導・投資依存型成長)、世界不況後は「純輸出」が明らかに低下し、「資本形成=投資」の寄与率が顕著に伸び、50%弱に到達している(投資主導・依存型成長)、②「民間最終消費」の寄与率は80年代初期には50%をやや上回るものであったが、90年代以後、2010年前後まで長期的な低下傾向が続き、30%台後半に落ち込んでいる。2005年に「民間最終消費」と「資本形成=投資」寄与率が逆転し、近年の「投資依存から消費主導」型成長への構造改革すなわち「新常態への移行」が強調されるようになって、やや両者の構成比に改善はみられるものの、転換というには時期尚早である。先進国における「民間最終消費」対GDP寄与率は平均的に60%前後、アメリカに至っては70%を超えている。

 次に、経済格差の動向について、ジニ係数(所得配分の隔たりを測る指数。係数は0と1の間の値を取り、値が1に近づくほど不平等度が高くなる。0.5は上位4分の1の人が、全所得の4分の3を占めている状況)を見ると、1995年から上昇傾向に入り、2000年から急上昇して警戒ラインを超えて統計非公開となった。2013年の再公表数値では2008年にピークの0.491に達し、以後、やや低下はしているが2013年0.479で再び非公開となり、高止まり傾向を強く印象付けるものである。まさに、消費制約型成長と経済格差の拡大とその高止まり傾向とは一体のものなのである。

2.「官本位」体制の進展―腐敗の源

 中国の社会学者楊継縄氏は、中国社会の階層構造を財富、権力への距離、社会的評価(声望)という3つの指標を総合して、「中国当代各社会階層分析」を行っている。同氏の「中国社会階層モデル表」(21世紀初頭10年)によると、2008年における経済活動従事者総数7億9243万人に占める各階層の割合と人数は次のとおりである。階層区分は、職種ごとに、「財富」、「権力」、「社会的評価(声望)」のそれぞれで、最下級の「農村困難家庭」を1として最大値10までの間で係数を出し、3種類の係数を加重平均した数値で区分したものである。同「表」を簡略化して説明すると下記のようなものである。

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楊氏は、中国社会の階層構造を財富、権力への距離、社会的評価という3つの指標を総合して、より現実的に描出している。全就業者の1.5(1200万人)を占める上級階層のトップに立つのは「政府トップ」である。楊氏はこれを「官本位」の階層構造と指摘している。
改革とは本来、「官本位」を弱めることであるにもかかわらず、20世紀90年代中期以降、政府職能は改革されないままさらに強化され、政府職能の強化は「官本位」の強化を生み出した。「官本位」は社会階層の本来あるべき流動性を妨げるばかりでなく、拝物主義と結びついて「権力の商品化」さえ引き起こし、腐敗構造の源泉になっている、と楊氏は指摘している。楊氏のこの視点は中国共産党186中全会における「新形勢下の党内政治生活に関する若干の準則」(20161027)が指摘している「任官運動、官位の売買、買収選挙などの行為」である。
 楊氏は次のように結論している。権力は制約なき上部構造となり、資本は制御されざる経済的基礎となっている。これはまさしく「権威主義政治と市場経済の結合」であり、「現在の中国におけるすべての社会問題の総根源」なのである。もし、主体的な政治改革による民主の前進を怠るならば、「益々、社会矛盾が累積し、遂にはカタストロフィ(崩壊)型の変事になりかねない」。楊氏はその予兆として多様な「群体性事件(大衆的騒擾事件)」の多発を取り上げ、その種別を以下のように例示している。「労使衝突」、「農村末端での農民と農村幹部をはじめとする既得権益層との対立と衝突」、「農村地域での土地強制収用や開発に伴う立ち退きをめぐる紛争」、「地方幹部、公安・検察・司法一体化した不正・横暴をめぐる紛争」、である。
 山本さん自身も、「群体性事件(大衆的事件)」について繰り返し論じてきたが、公民としての権利が損なわれるところに「社会的抵抗」は不可避である、という。文革当時との大きな違いは、彼らがもはや「政治動員」という舞台を必要としないことである。それだけ「社会的自治」能力が高まっている。情報化社会の進展もこの過程を加速している。現在の中国の制度的空間配置において最も欠如しているのは、政権の意思決定とその行使に対して、国民が客体的な立場に止め置かれ、意思決定の主体になりえないばかりか、政権の判断に誤りがあった場合にもそれを批判し、その意思決定を覆す権限を持ちえないでいることである。国家権力の意思と国民の意思との相互交通を保証する制度的機能が欠如しているが故に、「群体性事件」が絶えないのである。
 楊氏は中国内部から次のように指摘している。中国にも現在権力を監督する体系がないわけではない。しかし、それは中国共産党による一元化指導の下で進められている。中国共産党による権力の監督は内的な動力というべきである。外的な動力による制御は民主政治を必要とするものであり、政治的独占を排除し、政治的競争が展開されること、それこそが政治改革の核心的課題なのである。

 中国共産党の「内的な動力」、いわゆる「自浄作用」に頼らざるを得ない現状を楊氏は指摘しているが、中国社会を長年見続けてきた丹羽 宇一郎 元中国大使は、2050年に一党独裁は崩壊するとの見方を示している。

3.薄熙来事件が示唆するもの

 薄熙来事件とは、中国最高指導部入りを目指していた薄熙来重慶市共産党委員会書記が、数々のスキャンダルに絡み、政治的に失脚した事件である。

 哲学者で、元中国社会科学院哲学研究所研究員徐友漁氏は、「薄熙来の支持者であれ、反対者であれ、彼が重慶でやってきたことを文革の再演とみなしている点では共通している」という。徐氏によれば、「唱紅」は実際には公権力によって「組織的に革命歌を歌う」運動として、「学校から工場、農村地域、精神病院や監獄に至るまで」あらゆるところで展開された。「打黒」(マフィアを撲滅する)は警察、検察と裁判所が共同して「専門事件処理チーム」を作り、大規模に、迅速に、重罰をもって進められ、「法治を大いに破壊することを代償に行われた」という。

中央の権力闘争の一環という側面を踏まえて、徐氏の指摘そのものは妥当であろう。しかし、その全体像はまだ闇の中にあり、多くの検証課題を残している。

瀬戸宏摂南大学教授は、薄熙来が推進した「重慶モデル」は「民衆生活の重視」に特徴があるという。「民生10条」(2010)は住宅・医療政策など「具体的な数値目標と期限を明示」し、「共富12条」(2011)は所得・農村振興・土地政策など「都市と農村、地域間、富裕と貧困」の格差解消を念頭に、民衆生活重視の具体策をより徹底して構想するものであった。そして、重慶モデルは、胡錦濤政権が提唱した「和諧社会建設」を重慶で具体化した側面を持つ、としている。瀬戸氏はまた、大連時代の薄熙来は、「農村と都市の格差解消については関心が薄く、重慶では民間企業を「打黒」に巻き込んでも、「国有企業部門の腐敗にはほとんど手をつけなかった」と政策上の不整合性を指摘している。それゆえ、「唄紅運動」や「打黒運動」は重慶市の「党・政府が直接関与し、強力に進められ」、「毛沢東時代を懐かしむ濃厚な政治性を帯びた運動」として、中国共産党の路線・理論闘争の結果斥けられたのである、と瀬戸氏はいう。

とはいえ、瀬戸氏は薄熙来事件の背景を90年代後半から2000年代初頭の状況、「格差拡大、矛盾の累積」にあると認識する点で、徐氏とも共通する問題意識を持つと考えてよいであろう。そして、「民生10条」「共富12条」は現・重慶市政権の施策に引き継がれており、「中国の将来にかかわる重要な内容が含まれている」と指摘している。

中国国務院が20132月、反対勢力を押し切って批准した「所得分配改革方案」は、低所得層の所得引上げ、高所得層への財産税をはじめとする課税強化の政策方向を打ち出したが、重慶の「民生10条」」、「共富12条」ほどの、多面的で明確な「数値目標」、「目標期限」までは明らかにしていない。貧困と経済格差の是正のためには、「貧困」そのものに焦点を当てる独自の施策が必要な領域がいかに多いかを実感させられる。

Ⅲ.中国における社会の役割

(1)社会は「受動的存在」か

神野 直彦 東京大学名誉教授は「世界」の201311月号で、「市場を民主主義のもとへ」で「市場社会の三つのサブ・システム」(下図)を示している。市場社会における政治・経済・社会の3つのサブシステムにおいて、市場経済によって浸食され、矮小化される社会システムに対して、政府が市場を制御し、また社会を補足するあるいは救済する必要性、そしてそのことによって市場社会がバランスし、維持されるというもので、新自由主義金融帝国時代の世界、アベノミクスによる日本の経済社会のゆがみに対する強い批判とそれに対する対抗的な立場が示されている。Photo_5

山本さんは当初、この図をアベノミクス批判に利用していたが、次第にモヤモヤとした自己不満にとらわれた。それは、この図では社会は明らかに「受動的存在」であり、社会による政治と経済への作用が欠落した図であるからである。共同体が商品経済社会によって解体の過程を歩むのはその通りであり、要素市場が確立した市場経済のもとで、社会としての復元の必要に迫られているのは事実であるにもかかわらず、この図における「社会」はなんとひ弱な、非主体的存在ではないだろうか。この図は中国国家資本主義の姿でもある。しかし、この図の延長線上に日本の現状打開も中国の未来も展望できるのであろうか。それが、モヤモヤの原因であった。

2)「社会の復権」

 社会は絶えず働きかけの対象として、客体的存在として主要には理解され続けている。しかし、人々は社会を作り、社会を運営する力をもっているのである。

 加藤氏は、中国社会の結合原理について次のように指摘している。「中央集権的な官僚制は強力だが、それがカバーできる範囲は限定的であり、国家が社会からかい離している」中で、「官と民には相互依存、相互反発の関係が形成されている」。すなわち、国家による社会の作用と共に社会による国家への反作用を重視しているのである。加藤氏は、中国共産党による一党支配の存続を中国の発展の不可欠の要件として捉えながらも、それに対して社会の側も相応の対応力を持ち、「国家と社会の共棲関係」(「曖昧な制度」)が形成されていると考えている。ここには「社会の復権」の構図を確認することができる。加藤氏は社会主義を空虚には語らない。しかし、中国資本主義の現実の中に、国家と社会の関係性を精緻に観察し、中国社会の動態を見据えていたのである。

 これに対して、菱田 雅晴 法政大学教授は、かつての「党が国家を呑み込み、国家が社会を呑み込む」(「一元構造」)状況から、現在では「社会が党=国家から滲み出す」(「準二元構造」)状況にあり、さらに「社会が国家から離脱する」(「二元構造」)状況を展望している、という。もし、「変革主体としての社会」という発想が妥当だとするならば、菱田氏の論理構想こそそれに相当するであろう。

Ⅳ まとめ 

 

国家主席、中国共産党総書記 習 近平とその周辺は、最近頻りに「統治の正統性」問題に言及している。党創立記念71日の習 近平講話では、中国共産党が人民に見放されるとき、党は「統治の正統性(執政資格)を失って、歴史の舞台から降りざるを得ない」と、全党を戒めている(『人民日報』201677日)。

 この立場は、「統治の正統性」の確保を「内的動力」(自浄作用)にのみ依存しようとするものであり、「外的動力」の一翼たる知識人への統制強化と一体となったものである。ここに言う「外的動力」とはとりもなおさず、「変革主体としての社会」すなわち知識人を含む中国国民である。自浄作用だけでは困難である。

2016年12月 9日 (金)

2016年11月 月例会・公開講演会の報告

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2016年11月28日、くらし学際研究所は神戸市勤労会館で、公開講演会を開いた。演題は「財政をめぐる諸問題」、講師は東屋 弘さん。司会は当研究所世話人・事務局長の落合 淳宏さん。開会に当たり、くらし学際研究所代表世話人の西澤 信善 東亜大学教授(神戸大学名誉教授)は、東屋さんは日銀大阪支店の元調査役、大阪市信用金庫元理事・監事でもあり、金融が専門ですが、今日は国の債務残高1,000兆円、資産650兆円などと色々話題になっている財政問題についてのお話を聞かせてもらえるものと期待しています、と開会のあいさつを行った。
 東屋さんは、専門は金融であるが、財政について勉強したものについてお話ししたい。借金はダメだ、1,000兆円返せるのか、破産か、財政赤字はどのように考えるのか、などと論議されている。私自身は、金融政策だけでは日銀が目標としている2%の物価上昇は無理と考えている。このように話し始めた東屋さんは、1.主要経済指標の動向、2.日本財政の現状、3.財政赤字の問題について考える、4.財政健全化の試み、5.財政健全化の大前提=成長政策の推進、と演題を深めていった。講演の大要は以下の通り。

1.主要経済指標の動向
 日銀「金融経済統計月報」で主要経済指標の動向を見ると次のようになっている。
①名目GDPは1997年度の521兆円をピークに2015年度には501兆円と、20兆円減少。この間、GDPデフレーターは2013年度まで一貫して前年比マイナス。デフレが20年近く続いており、深刻な状況。2014年度に消費税増税によりGDPデフレデーターが漸くプラスに転じた。
②消費者物価指数の前年比は、2006年~08年度を除き、マイナスを記録。しかし、2013年6月以降はプラスに転じたが、15年度以降も「2%目標」には程遠い。
③失業率は13年度以降3%台に低下。有効求人倍率は1を超え、雇用環境は改善。
④外貨準備高は120兆円を超え、対外純資産は340兆円で世界一。
 この他につぎのような指標もある。
⑤政府の債務残高は1,000兆円を超えたが、一方で資産も650兆円近くある。
⑥生産年齢人口(15歳~65歳未満)は2015年10月現在、77百万人(総人口比61%)と前年比195万人減少。老人人口(65歳以上)は35百万人と前年比73万人増加(総人口比27%)。
⑦日経平均株価は、安倍政権発足時(2012年12月)10,395円。一時は2万円超も。2016年11月24日は18,334円。為替相場は、2012年12月、1ドル=83円58銭。2016年11月に112円45銭と円安。
 これらの指標から、円安・株高はアベノミクスの成果というが、政府が言っているようなトリクルダウンはない。最近の景気について、日本総研は「景気は一部で持ち直しの動きもあるが、総じて力強さを欠く状況。先行きは官公需の下支えもあって、緩やかな景気回復基調が続く公算」と言っている。
 消費税の再引き上げは、当初2017年4月に延期されたが、景気が低迷する中、2019年10月に再度延期された。アベノミクスの政策を打ち出してから3年半が経過したが、掲げた目標の「消費者物価の2%上昇」も達成できておらず、名目GDPも伸び悩むなど、必ずしもうまくいっていない。アベノミクスについての世論調査で、毎日新聞は54%、読売新聞は57%、日経新聞は50%が評価しないと言っている。大企業は8割が評価し、中小企業の多くは評価しない、という状況である。
景気を回復し、成長力を高め、財政を健全化するなど現状を打開するには抜本的な対策を打ち出す必要がある。

2.日本財政の現状
 2016年度(平成28年度)「年次経済財政白書」によれば、「デフレ状況でなくなる中、債務残高対GDP比上昇に歯止めがかかり」、「基礎的財政収支(プライマリーバランス)の改善には税収の増加が寄与、財政の健全化が進んでいる」としている。財務省の「一般会計決算概要」を見ると次のようになっている。
①歳入では、税収が2011年度43兆円、12年度44兆円、13年度47兆円、14年度54兆円、15年度56兆円と最近の税収は増加傾向にある。税収の中では特に消費税が14年度以降、税率引き上げを反映し、大幅増になっている(13年度11兆円に比し、14年度16兆円、15年度17兆円、16年度予算は17兆円を見込んでいる)。
 一方、公債金収入は2013年度44兆円に比し、14年度39兆円、15年度34兆円、16年度予算は34兆円と減少している。
②歳出では、社会保障費が2012年度29兆円、13年度も同額の29兆円であるが、14年度30兆円、15年度31兆円、16年度32兆円(予算)と漸増。国債費は2012年度21兆円、13年度21兆円、14年度22兆円、15年度22兆円と横ばい。
 一般会計の問題点としては、①歳出が大きく、歳入の3分の1を国債発行による収入で占めている、②国債の利払い税収の15%以上となっている、③社会保障費など歳出削減が急務となっている、④公債残高は累増して巨額となっている、などが指摘できる。
 特別会計については、事業別、資金運用別、その他とも13特別会計がある。特定財源や一般会計からの繰り入れ等の資金が特定に支出され、翌年に繰り越すことができる。資金が天下り特定企業や独立行政法人にも流れているようだが、歳出総額403.9兆円、純計額201.5兆円を計上する特別会計の実態把握は極めて難しい。

3.財政赤字の問題について考える
(1)財政赤字は巨額
 財務省は3か月ごとに「国の借金」を公表している。それによると、2016年9月末、「国の借金」は1,062.6兆円で、過去最高である。残高の内訳は国債が926.1兆円、借入金が53.7兆円、政府短期証券が82兆円、となっている。この債務残高を総務省の人口推計(10月1日時点、1億2, 700万人)で単純計算すると、国民一人当たり837万円の借金を抱えていることになる(裏を返せば国民一人当たり837万円近くの資産を保有していることになる。つまり、政府に貸している)。また、国債926.1兆円の9割は国民の資産でもある。財務省は「国の借金」と言っているが、正しくは「政府の借金」である。この「政府の借金」は「国民の資産」でもある。
 財務省が「国の借金」という債務残高1,062.6兆円を2016年度当初予算の税収57.6兆円で単純計算すると、18年4か月分に相当する。粗債務(1,062.6兆円)対GDP(2015年度、501兆円)比は212%で、先進国中最悪、EUで財政悪化が問題視されているギリシャは180%弱、イタリアは約160%である。政府の総債務残高から政府が保有する金融資産(国民の保険料からなる年金積立金等)を差し引いた純債務残高でみてもギリシャより少し良く、イタリア並みであり、主要先進国で最悪の水準にある。
 このような状況を見て、「日本が財政破たんするのではないか、債務不履行(デフォルト)に陥るのではないか」と不安視する人も少なくない。
しかし、政府が発行している国債は全て日本円建てである。政府は日銀の親会社で、政府と日銀間のおカネの貸し借りは連結決算ルールで相殺される。政府が国債を発行し、金融機関がそれを引き受ける。日銀が金融機関から国債を購入する。日銀の保有額は400兆円(全体の43%)に達しており、今後も買い増す方針である。だから、日銀が国債をもっている限り、政府に利払い負担が発生しない。なぜなら、政府が日銀に利払いしても決算後に「国庫納付金」として返還されるからである。
政府は国債の償還(返済)不能などのデフォルトに陥ることは「できない」。「破たんしない」のではなく、「破たんできない」。政府は償還期日がくれば借り換えの国債を発行できるうえに、政府には「徴税権」がある。
(2)日本は世界一のお金持ちである
①内閣府の「国民経済計算確報、ストック編」を見ると、日本国のバランスシートは次の通り、巨額の資産超過である。
 2013年 総資産9,295兆円、2014年 総資産9,846兆円。これに対し、2013年 総負債6,247兆円、2014年 総負債6,576兆円、である。差引、2013年の正味資産(国富)3,048兆円、2014年正味資産(国富)3,109兆円、資産超過が巨額であることがわかる。
②財務省の資料で政府のバランスシートを見ると次のとおりである。
 2014年末 資産合計653兆円、2015年末 資産合計680兆円。2014年末 負債合計1,143兆円、2015年末 負債合計1,172兆円、である。差額は2014年末 490兆円負債超過、2015年末 492兆円負債超過、となっている。
③日銀の営業毎旬報告で日銀のバランスシートを見ると次のようになっている。2013年9月末 資産 国債165兆円、貸付金27兆円。負債 発行銀行券83兆円、当座預金88兆円。2016年末 資産 国債400兆円、貸付金32兆円。負債 発行銀行券96兆円、当座預金304兆円、となっている。資産の国債は2013年末165兆円が2016年末は400兆円に、当座預金も88兆円が304兆円に、激増している。
(3)財政赤字をどのように考えるか
 東屋さんは、2015年12月、大阪朝日放送のTV番組「正義のミカタ」での高橋洋一教授の見解を紹介した。高橋氏は元大蔵・財務官僚で、小泉内閣時代に竹中平蔵大臣の補佐官を務めた人物で、現在は嘉悦大学教授である。
 番組の中で、高橋氏は「借金が1,000兆円もあるので、増税しないと財政破たんになるという、ほとんどのマスコミが信じている財務省の言い分は正しくない」と指摘した。さらに、「1,000兆円」というが、政府内にある資産を考慮すれば(借金は)500兆円、政府の関係会社も考慮して連結してみると財政赤字は200兆円になる。これは他の先進国と比較しても大した数字ではない、という。高橋氏は、「借金1,000兆円」、これは二つの観点から間違っているという。高橋氏は、二つの問題点を示した。 
 第1の問題点は、バランスシートの右側の負債しか言っていない、ことである。2013年度の政府のバランスシートを見ると、資産は総計653兆円、うち、現預金19兆円、有価証券129兆円、貸付金138兆円、出資金66兆円の計352兆円が比較的換金可能な金融資産である。そのほかに、有形固定資産178兆円、運用寄託金105兆円、その他18兆円、ある。負債は1,143兆円。これで、ネット国債(負債総計-資産総計)1,143-653=490兆円、となる。
 先進国と比較して、日本政府のバランスシートの特徴は、政府資産が巨額であり、資産額としては世界一で、比較的換金可能な金融資産の割合が極めて大きいのが特徴的である。
Sdsc05534 第2の問題点は、政府内の子会社を連結していない点である。2013年度の連結財務書類を見ると、ネット国債は451兆円で、単体ベース490兆円より少なくなっている。更に、政府の子会社とみなす日銀を含めた連結ベースでは、253兆円である。直近の政府のバランスシートが分からないので正確ではないが、あえて概数で言えば国債は150~200兆円程度である。このままいくと近い将来にはネット国債はゼロに近くなるだろう。それに加えて市中の国債は少なくなり、資産の裏付けのあるものばかりになるので、ある意味で財政再建は2016年に実質完了したともいえる。日銀の国債保有は利払い→国庫納付=財政負担なし。また、償還→乗り換え=償還負担なし。政府と日銀を連結してみれば国債は無いに等しい。
 高橋氏は全体として正しい主張をしていると思うが、果たして、「政府と日銀を連結」してみれば国債は無いに等しい、という見解は正しいのか疑問がある。

4.財政健全化の試み
(1)政府は、次の目標を掲げている。
①2020年度の「国・地方を併せたプライマリーバランス(PB)の黒字化」を目標としている。アベノミクスの効果が十分に発揮されて2%を超える実質成長率が達成されることを前提とした甘い財政見通しに基づいている。「プライマリーバランス(PB)」とは、歳入総額-公債収入と歳出総額-公債費」を比較したものである。PBが均衡している、ないしはプラスになっているということは、公債費(公債費=元本償還部分+利子割引料)を除く歳出が税収によって賄われていることを意味する。
②「国・地方を併せた債務残高の対GDP比の安定的な引き下げ」
(2)政府は財政ポジションの悪化に対して最近、どのような手を打ってきたか。
①消費税の引き上げ
 政府は2014年4月、消費税率を5%から8%へ引き上げた。この結果、14,15年度の消費税収は13年度に比べ、5~6兆円の増収となった。しかし、その結果、景気が低迷し、アベノミクスの「物価2%の上昇目標」が達成できず、名目GDPも伸び悩んでいる。このため、17年4月に10%に引き上げるという方針も19年10月に、2年半の再延期を余儀なくされた。
②政府は「経済財政運営と改革の基本方針2015」を閣議決定
 経済再生と財政健全化の二兎を得ることをめざして、高い成長率の実現とともに必要な歳出削減や公共サービスの効率化を行うこととした。

5.財政健全化の大前提=成長政策の推進
(1)財政悪化の元凶はデフレである
 早期にデフレから脱却=「物価上昇目標2%の達成」→名目GDP成長率の4%以上達成。そのためにも、金融政策だけでは限界があり、デフレ・ギャップを埋めるため、機動的な財政の出動も不可欠。当面、増税、公共事業の削減、規制緩和の成長戦略、公務員の削減といった緊縮政策は見送るべきである。
(2)建設国債の活用による公共事業の拡大
 我が国は欧米諸国に比べ、建設国債の発行が極めて少ない。公共事業が財政赤字の原因という人がいるが、建設国債はほとんど増加していない。
(3)必要資金の弾力的な貸し出し促進
 日銀が量的緩和で、年間80兆円に及ぶ国債を市中金融機関から買い入れている。その結果、日銀当座預金は2016年9月末には304兆円も積み上がっている。この有り余る資金が有効に使われていない。市中では、いわゆる「金融排除」で資金を必要としている中小零細企業等に金が回っていない。信用保証制度を拡充するなどして、貸出伸長する様な施策を早急に打ち出すべきである。

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