無料ブログはココログ

« 2018年月11月例会・公開講演会の報告 | トップページ | 「人と歴史が交錯する台湾―少しディープな台湾案内」 16 »

2019年3月 6日 (水)

「人と歴史が交錯する台湾―少しディープな台湾案内」 15

台湾のハンセン病療養施設・楽生院
               ―歴史の証人保存運動 

       チーム〈近隣アジアを知る〉
                    垂 水 英 司

15_2
…ハンセン病施設の保存運動が あることを、私が初めて知ったのは実は台湾でであった。…

  楽生院は、1930 年台湾総督府によって建設された台湾最の国立強制隔離施設である。1000 名ほどのハンセン病患者が、それまでの暮らしと人間関係を断ち切って、それぞれの故郷から楽生院に入所させられ、その後長く苦しい隔離生活を送った。60 年代になり強制 隔離措置が解除され、また治療薬物も開発されたが、多くの入所者は社会復帰がかなわず、 寮内での生活を続けてきた。…

 1994 年この楽生院に地下鉄新荘線の 車両工場を建設する計画が浮上した。…しかし、馴染んだ楽生院を離れて高層の新療養 院に移りたくない患者たちが多く、支援者を巻き込んで、旧楽生院の継続や古跡としての保 存などを掲げた社会運動が始まった。…

 戦前日本は海外に広げた支配地域に、この台湾の楽生院以外、韓国には小鹿島更生園、満州には同康院というハンセン病療養所を建設している。おそらくそれらも、それぞれの地域で、苦難の物語を刻み付けているに違いない。 …

(全文は、 「190305.pdf」をダウンロードしてお読みください。)

« 2018年月11月例会・公開講演会の報告 | トップページ | 「人と歴史が交錯する台湾―少しディープな台湾案内」 16 »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 「人と歴史が交錯する台湾―少しディープな台湾案内」 15:

« 2018年月11月例会・公開講演会の報告 | トップページ | 「人と歴史が交錯する台湾―少しディープな台湾案内」 16 »